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ignal Berry

暑い夏の日




思っていたより手の込んだ夏季限定メニューを腹に収めて、座って見るだけのショーに20分並んで涼しい館内から陽射しの厳しい屋外へ放り出された所で、赤いベルトの腕時計を覗き込んだ夏梨と遊子がそわそわと落ち着かない様子でパンフレットを見回し始めた。
14時10分    なるほど、そろそろいい時間かもしれない。
同じように自分の時計を覗き込んで、ぽんと両手で少女達の肩を叩く。
「夏梨、遊子、そろそろ行くか?」
「「シロさん……!」」
嬉しそうに綻んだ二人の笑顔越しにパーク内の地図を覗き、さて目的地への最短距離はと。
「あっちだな」
「夏梨ちゃんっ、行こう!」
「遊子、ちゃんと前見なよ」
肌を焦がすような熱い陽射し、照り返しの眩しさすら厭わず駆け出す小さな背中に続きながら、日陰とクーラーに惹かれて止まない大人の惰弱さに知らず苦笑が零れ落ちた。



一護との関係において最大の味方である夏梨と遊子が電話をかけて来たのは、ほんの数日前のことだった。
『シロさん、お願いがあるんだ』
姉妹を代表して淡々と話す夏梨を促せば、超大型のテーマパークに連れて行って欲しいということで。
黒崎家は診療所を開いているから、なかなか休みを取ることができないことは知っている。夏休みという長期の休みになっても遊びに行けない二人は確かに可哀想で、けれどそれならば兄である一護に頼めばいいだろう。大好きな兄の恋人よりは大好きな兄と一緒の方が楽しいし嬉しいに違いない。
妹達には基本的に甘い一護だから、彼にもバイトや友人との約束はあるだろうが、頼めば直ぐには無理でも都合を付けて連れて行ってくれるだろう。
『一兄が……そこでバイトしてるから』
行きたいんだ、と呟くような夏梨の声は少し元気がない。夏梨には遊子ほどの無邪気さはない、大人の都合に遠慮しているのだろう。子供らしくない我慢だと思う反面、そういう気遣いが出来る夏梨のことは好ましくもある。
今日と明日はバイト、明後日の夜は約束があるから明々後日なら。
「明々後日なら空いてる。その日は?」
    アリガト、シロさん!』

大好きな兄と遊べない妹達を不憫に思う気持ちはある。
しかし、同時にそれは自分にとっても素晴らしくいい言い訳になった。
夏休みに入ってバイトをすることは教えてくれたが、何のバイトかはどれだけ宥めても賺しても意地になって食い下がろうとも絶対に教えてくれなくて、話を聞いて以来密かにジリジリしていたのだ。職種がわかれば多少なりとも相手の都合を配慮しつつ自分の予定を合わせて一緒にいる時間を模索することも出来るが、一護は頑として教えてくれない。
渡りに船、というやつだ。お互いに。
何を警戒したのか知らないが、教えてくれない一護が悪いのだ。

そう、思っていたのだけれど。





「これは黙ってるのも無理ないか……」
自分の子供の頃に比べれば比べる方が恥ずかしいようなハイテクな水鉄砲を持って、同じ水鉄砲を持った子供達に囲まれて水浸しになって遊び回っている姿なんて、確かに他人には言い難いかもしれない。特に一護はかなりの格好付けだ。
ハイテンションなアロハシャツに生地の薄い白のハーフパンツ姿で子供達に加減しつつ水を浴びせ、子供達から手加減皆無な放水を浴びせられ走り回っているなんてまるで子供。まぁ、頭の先から足先までずぶ濡れ、炎天下に立ち尽くす身からすれば多少羨ましくはある。
「いいなぁ……お兄ちゃんと遊んでる」
「ガキみたい、一兄」
素直な遊子と天邪鬼な夏梨の目が、二人揃って一護とすぐ側で売られている水鉄砲やらの間を往復しているのを見て、吹き出しそうになるのを咄嗟に堪える。遊子はともかく、夏梨は笑えば絶対に臍を曲げてしまうだろう。顔よりも寧ろそういうところが夏梨は一護にそっくりだ。
二人の視線が一護に向かっている隙に手近な水鉄砲を取り上げてみれば、既に水が入っているらしく重い。直ぐに使えるようにという配慮だろう。気が利いている。

    夏梨」
一護にぶちまけてやれ。

購入したばかりのそれを差し出せば夏梨の目が楽しげに輝いた。
「アリガト、シロさん!」
ビニール包装を破り捨てるなり水鉄砲の先を一護に向けて勢い良く走り出す。
遊子はマシンガンのような一抱えもする水鉄砲よりスプレーのような小さな物の方が気に入ったようで、買い与えると実に嬉しそうにそちらを胸にスカートの裾を翻して走って行く。
とりあえず売り場のお姉さんから色違いのタオルを二枚購入して戻れば、夏梨と遊子に気付いた一護がこちらを認めて垂れた眦を吊り上げた。

(そんな面してたら子供に恐がられるぞー?)
目を細めてわざとらしいほどに視線を下げて見せれば、一護は子供達の存在を思い出したようで慌てて引き攣った笑顔を浮かべた。
笑い出したくなる、こちらを気にしないように気にしないように、もの凄く気にしてだろうやたらと向けられるようになった一護の背中に視線を投げる。相変わらず薄い。

子供達の集中砲火に晒されて既に濡れていない部分を見付けることすら不可能な有様、常時水に晒されているのだから涼しくはあるだろうが、濡れた服は多少なりとも不快だろう。視線を注げば浮き沈みする肩甲骨のラインが妙にくっきりと見える気がして思わず舌打ちする。
前を横切った母親らしき女性が怯えたように首を竦めた。

夏梨と遊子が揃って水を補給している間に、水鉄砲の調子が悪いと半ベソの子供と一緒に男が一護の隣に並ぶのがますます気に入らない。一護の親切な対応も仕事なのだから当然と分かっていても。自分がこんなに狭量な人間だったとは知らなかった。
水鉄砲をあちこち触っていた一護の指が空に向かってトリガーを引けば、今までほとんど飛ばなかった水が真っ直ぐに高く上がる。ベソをかいて父親の足にしがみ付いていた子供が口まで開けて見上げるのに、一護は笑ってその頭を撫で、子供の手に水鉄砲を握らせた。

    ……!?)

膝を折った一護の白いハーフパンツの下に黒い色がいやらしく透けていた。白く張り付く皺、浮き上がる肌と黒の境界線から目が離せなくなる。
水着なのだろう、あれだけ濡れているのに普通の下着を身に着けているとは思えない。恐らくはその水着も支給された制服の一部なのだろうが、そうに間違いないだろうが、だからって何故ビキニなのかが納得いかない。
肉が少なくて掴めば手に硬いくらい引き締まった一護の尻を思い出し、ぐらり理性の傾ぐ音が聞こえる気がする。
目を眇めて注視すれば、ビキニの構造上浅い履き込み口から少しとは言え割れ目が覗き、それを張り付いた白い生地が浮き彫りにしている。無防備にも程がある、悪魔の誘惑か、何だってここは衆人環視の只中なんだ、暑い、邪魔だ前を通るな見えねぇ、ケツ狙って水掛けてんじゃねぇよクソガキ、熱い、今何時だ何時に終わるんだ、夏梨と遊子はまた水補給か、ヤバいエロい、早く    一護。

『 さぁ、もうすぐパレードが始まるよ! 水をいっぱいに入れて準備するんだ! 』

どこかのテレビ局の体操のお兄さんにも負けない嘘くさくて爽やかな掛け声に子供達が我先にと用意された水場まで走って行く。
一護もゆったりと歩きながらそちらに向かうから、本当にパレードが始まるのはもうすぐなんだろう。

蒸発する水の匂い、肌が湿る感覚も熱くて喉が渇く。

水の補給を手伝ってしゃがむ一護の背後に回って膝を落とす。
「一護」
耳元、水の匂いがする。
大袈裟に肩を跳ねさせて振り向いた一護と視線を合わせないようどこでもない所へ目をやりつつ、手を伸ばして手の平を尻に沿わせる。水に濡れる冷たい感触の後、体温の熱さが肌を焼いて染み入って来る。
「何やってんだよ!?」
小声で怒鳴られる。可愛いばかりで、少しも恐くない。
いつ人目に触れるかも分からないからと理性に急かされるのが気に食わないが、それでも女には有り得ない硬い臀部を一撫でし、気付いているんだぞと知らせるためにビキニの腰周りをなぞり、割れ目の端を指先で擽る。
真っ赤になった耳が可笑しい。

「コレ、今度目の前で穿いて見せてくれるよな?」
「ばっ、誰がっ!!」
思わず大声を出した一護に子供達が固まる。子どもの沈黙というものは不自然ゆえに酷く恐ろしい。
一護の肩を叩いて機嫌よくその場を後にすれば、夏梨から呆れた視線を向けられた挙句自重しなよと窘められた。

夏のパレードが始まる。









特に設定は考えていないのですが、とりあえず大学生×大学生で。
夏梨と遊子は概ね冬獅郎に好意的。
兄を取るお姉ちゃんより一緒に遊んでくれるお兄ちゃんにそれなりに満足してるんです。

そんなこんなで、暑中お見舞い申し上げます。



(c)Sakusi