S
ignal Berry
「氷輪丸だ」
くい、と親指で示された冬獅郎の背後に突然長身の男が現れて、一護は唖然とその男を見上げた。背の低い冬獅郎と並ぶから恐ろしく高く見えるだけかと思いきや、その脇を無言ですり抜け威圧感バシバシで眼前に立ったその男は、実際にも一護が見上げなければならないほどに背丈が高かった。
「氷輪丸って 竜じゃなかったのか?」
以前斬魄刀の共鳴で垣間見た氷輪丸は、翼竜だったと記憶している。何故人の形なのかと問うた一護に、冬獅郎は渋々ながら人型だとこの見た目になるのだと説明した。
その間も氷輪丸は一護の視線を独占したまま無言でひたすらに一護を見下ろしていたが、不意にす、と膝を折った。片膝を着き傅く。
「ぅえっ……!?」
「お会い出来て光栄にございます、一護様」
「様!?」
聞き慣れない敬称にわたわたと落ちつきなく両手を横に振る一護に、氷輪丸は構わない。
「常日頃より主のような至らぬ男にお付き合い下さり、御礼の言葉も御座いません」
深々と頭を下げて言葉だけでなく身体でも謝辞を表した氷輪丸は、まるで一護以外に誰もこの場にいないかのようにヒタと一護を見詰めて、一護様には不釣り合いな男ではありますがどうか御見捨てになりませんよう主に代わって御願い申し上げます、と堅苦しく訴えた。
「不釣り合いとか見捨てるとかそういうのは全然っ!」
てか、あの、立ってください!
オロオロと手を差し出す一護に、主には勿体無い程御優しい方だと氷輪丸は感じ入ったように眼を伏せる。差し出された一護の手を推し戴くように包み込んで立ち上がれば、二人の距離は自然寄り添う迄に近付いた。
この間、一護の眼には氷輪丸しか映っていないことに、当然冬獅郎は気付いていた。
「 おいっ」
苛立ちの隠し切れていない声に一護はハッとして氷輪丸の脇から視線を向けたが、ぞんざいに呼び付けられた氷輪丸は無表情のままではあったがどこか五月蝿気に振り返った。
「てめぇの主人が誰だか忘れてるんじゃねぇだろうな?」
一護に対して言葉を尽くしていたのが嘘のように、氷輪丸は煩わしげに顎を引く。ピクリとこめかみを引きつらせた冬獅郎が無言で握った刀を振るうなり、氷輪丸の身体がゆらり陽炎のごとくに揺れた。強制的に斬魄刀へ戻らせる合図だったのだろう、実体を維持できない己の手を眺めた直後、氷輪丸は一護に対してだけ丁寧に礼を取り、そのまま静かに消えてしまった。
冬獅郎が溜め息を吐く。
「騒がせてすまなかったな」
「いや……なんつーか氷輪丸って、凄ぇ男前なんだな」
格好いいよなと呟いた一護は、微妙な色を含んだその声音に冬獅郎が息を止めたことには気付かなかった。
(c)Sakusi