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ignal Berry
乾いた風の吹くその日、母と群が育児放棄した結果死にかけていた雪白の仔ライオンが保護施設に収容される。見付けて連れ帰ったこともあって担当者に決まった一護は、彼を冬獅郎と名付けた。
「冬獅郎ー」
走り回っているだろうライオンを一護が呼んだ直後、まだ幼い体躯を全身使って茂みから飛び出した冬獅郎が彼の脚に寄り添った。元々頭のいい冬獅郎は保護者である一護に対してだけは直ぐに懐き、その懐き様は仔どもにしては酷く静かで大人しい。一護はそのお陰で飛び付かれたり噛み付かれたりすることで負う筈の当たり前の怪我をすることがない。
「楽しかったか? そろそろ戻 お前、何かじって来たんだ?」
冬獅郎の口の回りに木の皮やそれ以外にも色々とくっついているのを見止めた一護は、その場にしゃがみ込むと冬獅郎の身体を抱え上げて足の間に転がした。うごうごと四肢でもがく冬獅郎の手足をひょいひょいと避けながら、一護は冬獅郎の小さな頭を掴んで固定し、口の回りを捲って歯や歯茎を露出させる。突然無防備で柔らかい部分を探られて、がうがうと唸り声を上げてますますもがく前肢を、一護は「はいはい、ちょっと我慢なー?」と言いながら右に左に慣れた様子でかわし、硬いエナメル質の表面にも軟らかい歯肉にも傷がないことを確認するとパッと手を離して冬獅郎を解放した。
「よし、大丈夫だな。あんまり変な物かじるなよ」
やんちゃは程々にな、と念を押す一護の言葉を聞いているのかいないのか、冬獅郎は自由になった頭を一頻り一護の腹に擦り付け、満足すると膝から降りてぷらり太い尾を振った。
賢い翡翠の両眼が一途に一護を仰ぎ見る。
「帰ったら体に洗おうな」
柔らかな喉元を擽る一護の指に、心地好さ気に眼を細めて喉を鳴らした冬獅郎が応と言ったようで、一護は小さく笑うと立ち上がった。
(c)Sakusi