S

ignal Berry






最初の数枚を一読しただけで再提出へと冬獅郎が振り分けた分厚い書類の束に、乱菊がぱちりと瞬きする。それは今朝今期入隊したばかりの新人隊士が自信満々で持ち込んだ報告書ではなかっただろうか?
「隊長、その書類」
「ぁん?」
「再提出なんですか?」
「……中を見たか?」
「いえ」
「こいつに言っておけ。報告書は物語じゃねぇ」
なるほど、と乱菊は納得する。新人にありがちな話だ、第三者視点に気を払い過ぎて語り口調になることがある。可哀想に、と思うが乱菊に手伝ってやるつもりは全くない。所属する班の誰かに聞いて、徹夜でも何でもして明日の朝一番に持って来ればいい。
「そういえば隊長、一護は?」
冬獅郎が席を外している間に隊首室を訪れた一護を、戻った冬獅郎が仕事の邪魔だと邪険に叩き出したことを思い出して、乱菊は少しの非難と心配とで首を傾げて尋ねる。
恋人が出来ても相変わらず仕事にばかり勤勉で、それでは一護があんまり可哀想だと思う。そんな扱いでも懐いている一護の様子に影はないから、大事にしていないとは言わないけれど、邪魔だと言うのは幾ら何でも心無い。
「部屋にいるだろ」
行ってろと言ったから。
そんなことを言っていただろうかと、乱菊は冬獅郎の言葉を思い出す。
『仕事の邪魔だ。お前の遊び場じゃねぇんだから用もないのに彷徨くな。暇なら部屋で寝てろ』
「……それらしいこと言ってますね」
乱菊が考え込む間に冬獅郎は更に二つの書類を決裁し、処理済みの山へと積み上げる。勤務終了時間までもうどれほどの間もない。
「でも隊長、ちょっと一護の扱い悪過ぎると思います。言ってることは正しいかもしれないですけど、もっと優しい言い方でもいいんじゃないですか?」
「……くだらねぇこと考えてねぇで仕事しろ」
てめぇがサボってたツケで残業代が出ると思うなよ。
乱菊が思わず顔をしかめるようなこと言い置いて、冬獅郎は本日最後の書類に自分の名を書き込み、朱印を捺して決裁を終える。少し早いが仕事を切り上げるには悪くない時間だと、冬獅郎は手早く筆や墨を始末して立ち上がる。
「ちゃんと優しくしてあげるんですよ!」
何かの気紛れか、戸の前で立ち止まった冬獅郎が肩越しに横顔を覗かせ、視線を寄越した。
冷徹に仕事を処理していたときとは雲泥の差、まるで別人のような瞳がとろりと笑む。
「優しい、かどうかは知らんが、構ってやるさ」
悪辣、と評するのがこの上なく似合う冬獅郎の眼差しに、乱菊はらしくもなく不安になってしまった。


「一護」
眠りは浅かったのだろう、瞼は直ぐに持ち上がったけれど微睡みの残る睫毛が微細に震えてその狭間に冬獅郎を映す。ふ、と緩むその表情の幼さに、冬獅郎は身を寄せて一護の唇を塞いだ。死破装の上から這わせた指がじんわり、若い肌を探る。
脅えた一護の手が上から押さえ付けるのが正直邪魔だと思うけれど、掻い潜って指に指を這わせれば一護が喉を震わせる敏感さが愉しいから、少しの間好きにさせてやることにした。押さえ付けられる手をそのまま、わざと指を折り曲げて爪を立て、押し潰すように指腹を滑らせるだけでも反応は過敏。
手を遊ばせる間にも、冬獅郎は窮屈さを惜しまず膝を進めて一護の懐へ身を寄せる。押し込み、蹂躙を意図して舌を絡め暴虐を明かす唾液を交わす。抗いの手段を知りながら抗う理由に惑う一護の脆い抵抗が、時間に溶けて力を徐々に失っていく。
「もう、終いか?」
濡れた唇を親指で拭えば、火照ったそれが悔しげに震える。抱かれたいと雄弁に語る眼はそれを知らないのだろう。
その差が冬獅郎の興をそそる。
「終いなら、抱くぞ」
宣告に沸き立つ歓喜を隠さんと伏せられる瞼、理性を追い払った唇が誘うように緩い微笑を浮かべた。









(c)Sakusi