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ignal Berry
コロイチ 07
あうあうと口を戦慄かせるコロイチを一護が抱き締めてあやして励まして、そうしてそっと乱菊の腕に預けると、最初こそ落ち着かない様子でいたもののすぐに落ち着いたようだった。
「さっきはごめんね?」
言いながら乱菊がコロイチを覗き込めば、はにかむように丸い頬を染めてコロイチは笑い、乱菊の胸にポテ、とくっついて懐いた。すっかり気を許した様子のコロイチと乱菊を置いて、一護は1人机に向かう冬獅郎の方へ足を向ける。
「それって乱菊さんの机にあったやつだろ?」
「十番隊の仕事だ」
淀みなく仕上げられていく紙の束を眺めながら、一護は少しだけ不機嫌そうに眼を眇める。冬獅郎の仕事はもう終わっていると本人の口から聞いた、つまり今彼がこなしている仕事は彼でなければならないものではないということだ。今ここにいる自分に構うよりも、自分が長たる隊の他人の仕事に手を出すことに冬獅郎は重きを置いている、というのは彼らしいけれど、正直に言ってあまり楽しくない。
「……どうした?」
「別に」
「そのわりには機嫌が悪そうだが?」
「だから、別に、何でもねぇよ」
ふいっ、と逸らされる視線に冬獅郎は肩を竦める。乱菊がコロイチに掛かり切りな分手持ちぶさたで退屈しているのだろう、だから仕事をするよう言い付けようとした矢先、当の彼女がコロイチを抱えて慌てた様子で一護の側に駆け寄って来た。
「一護、コロイチちゃんの機嫌が急に悪くなっちゃったんだけど!?」
思い切り抱き締めたりしてないのに、と言い募る乱菊からぐずぐず拗ねたようにむくれているコロイチを抱き取り、その顔を覗き込む。迷わず額を擦り寄せて来る仕草に、なるほど空腹かと一護は小さく苦笑した。
万が一倒れたときの為にソファーに引き返す間、犬猫のように待てを命じる一護に、コロイチは早く早くとぐしぐし頬を擦り付けしがみついてせがむ。
「ねぇ、何か気に障るようなことしちゃった?」
「違うよ、腹減ってぐずってるだけ。ほら、拗ねてないでデコ出せよ」
うーっ、と声もなく唸ったコロイチだったが、一護がコツンと額をぶつけると直ぐに機嫌を直してへにゃり笑った。膝の上のコロイチと額をくっ付ける為に前屈みになった一護の頬に、コロイチは両手を押し当てて気持ち良さそうに目を閉じる。一護は興味津々でしゃがみこんだ乱菊に視線を投げて、霊力食わせてるんだよと簡単に説明してやった。
「霊力……ね、それって一護のじゃないと駄目なの?」
あたしのでもいい?
「あぁ、それは大丈夫。好き嫌いがあるみたいだけど」
夜一さんはいいみたいだけど、浦原さんとテッサイさんはどんなに腹減ってても嫌がる。
「……やってみる?」
これで正解だろうかと自信のなさそうな面持ちで尋ねた一護に、乱菊は満面の笑みでコロイチを抱き取った。いそいそとコロイチの小さな額とくっ付ければ、コロイチはパチパチと瞬きしながら目の前の乱菊の顔を見詰めていたけれど、やがてふわんと頬を染めて嬉しそうに笑う。気に入ったらしいとわかって微笑んだ乱菊が、ならばとはしゃいだ声でヒラヒラと冬獅郎を手招く。
「隊長の霊力も食べさせてみましょうよ!」
「……松本。お前、俺が嫌われるのを期待してるだろ」
笑って誤魔化そうとする辺りが既に誤魔化せていない。苦い顔で溜め息を吐く冬獅郎の足元に、テトテトとコロイチが近付いて袴の裾をちょんと引いた。
きらっきらに輝いている黄金の瞳が何を期待しているかなんて、わからないはずがない。
「……腹壊しても知らねぇぞ」
言いながら抱き上げたコロイチの前髪をかき上げて、小さな額に額を押し当てる。口では知らないなんて他人事のように言った冬獅郎も、自分の霊力がコロイチに与える影響に興味を持たないわけはなくて、一護と乱菊が見守る中、少しするとコロイチはとても哀しげに冬獅郎から身を離した。
まさか本当に気に入らなかったのかと眼を疑う一護と乱菊が眼を見合わせる側で、コロイチはぽこんと膨れたお腹を撫でる。冬獅郎を見上げる目にはちょっと恨めしげな色。
「……満腹、か?」
元々小腹がすいただけ、一護と乱菊と冬獅郎の3人分の霊力をつまみ食いすれば十分に腹は満ちる。
あまりに残念そうなコロイチの様子に、冬獅郎は思わず苦笑を溢すと小さな体を胸に引き寄せて頭を撫でた。
「また晩飯の時だな」
自分のぽんぽこなお腹を睨み付けていたコロイチが、ぴょ、と顔を上げる。冬獅郎が頷けばこくこくと頭を上下させて、ぐりぐりと羽織に頬を擦り付けて喜ぶから、乱菊はほっとしたのを隠して肩を竦めて。
「ちっちゃくっても一護は一護ってことね」
隊長が一番好きなんて。
「乱菊さん!?」
コロイチは冬獅郎の腕を抜け出すと赤くなる一護の足元に移動してしがみつき、その影から乱菊にぷるぷると首を振る。
「うん? ひょっとして、コロイチちゃんが一番好きなのは隊長じゃなくて一護?」
もじもじ照れながらもこくん、と頷くコロイチの可愛さに、3人それぞれに笑みが溢れた。
眠ったコロイチを腹に乗せて天井を見上げている一護に、冬獅郎は何とも言えない表情を向ける。
一護の現世での生活は知らないではない、学業に死神業、二足の草鞋が生易しいものでないことは、一護が弱音を吐かずとも見ているだけで十分察せられる。その上幼い子供の面倒など、普通に考えれば無理だろう。
疲労の影を探す冬獅郎の視線に気付いた一護の手が、腹の上でうつ伏せに眠るコロイチの背中を撫でた。
「そんな顔するなよ。案外平気だから」
学校のある日は実質朝と夜だけ、活動的な昼間は浦原商店に任せきりだと一護は説明するけれど、冬獅郎の表情はやはり晴れない。
「こんなんでも一応自分だからか、一緒にいても煩わしいとかは全くないし。妹はもうこんな風には甘えて来ないだろ、だからちょっと懐かしいし楽しいんだ」
「……あまり、無理をするなよ」
仕方なく引き下がった冬獅郎を察したのか、一護は素直に頷いた。腹の上のコロイチを傍らへ転がし、背を浮かせる。意図に気付いた冬獅郎が敷布に膝をつく。
一護が招くまま額を寄せ合って、けれど触れ合う間際に冬獅郎はコロイチの閉じた目の上に手をかざした。
子供に見せるようなものじゃない。
小さく笑う気配が唇から伝わる。交えた眼差しで叱れば、一護はますます笑ったようだった。
「お前、絶対いい親になるよ」
「嫁がお前じゃ子供は出来ないだろうが」
「それが残念だよな。浦原さんに頼むか……」
俺が嫁っていうのも寒々しい話だけど、と一護は顔をしかめる。
「……正気か?」
「そこは本気かどうかを聞くところだろ」
冗談だけど、の一言で済ませて一護はさっさと横になる。コロイチの向こうに見える一護がおやすみと言うから、冬獅郎は寄り添い合う一護とコロイチを見下ろして、おやすみと小さく小さく告げた。
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