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ignal Berry

コロイチ 06




『死神代行・黒崎一護殿をお連れしました』
「構わないわ、開けて」
入室許可を出して、乱菊は顔を上げる。残念ながら少し前に席を外した冬獅郎に呉々も仕事の手を止めるなと釘を刺されている。普段であればそんなもの気にも掛けないが、今日ばかりは従わざるを得ない。もし仕事を終わらせられなければ、今夜の一護同席の飲み会には参加させないと言われてしまったのだ。横暴だと思うけれど、一護を独占できるとなれば冬獅郎が容赦するはずはない。ならばとにかく仕事を片付けるしかなくて、本当なら全力で一護に構いたいと思いつつ、ろくに構えなくてごめんなさいね、と言い掛けたまま乱菊はパチリと大きく瞬きした。
「こんにちは、乱菊さん」
「……一護?」
「あぁ」
「ねぇ……アンタいつ浮気して子供産んだの?」
相手、誰?
真っ直ぐにコロイチを指差した乱菊のとんでもない発言に、一護はげんなりと肩を落として首を横に振った。
「浮気なんかしてないし、男の俺に子供が産めるわけないだろ」
「え、じゃあ隊長が!?」
「それもねぇよっ!」
一護の大声に驚いたらしいコロイチがきゅ、と袖を握るのに気付いてその頭を撫でる危なげない手付きに、乱菊はとうとう我慢できずに筆を置いた。
「お茶淹れるわ。聞かせてよ、その子のこと」
とりあえず名前は?
「コロイチ。コロイチ、ほら、挨拶」
一護と殆ど背の変わらない乱菊が覗き込むと、コロイチは隠れたがる素振りで一護に身を寄せつつ、ふにゃんと恥ずかしそうに頬を赤らめて小首を傾げ。
目を輝かせた乱菊の胸に、あっという間に引き込まれてしまった。



したぱたと短い手足を精一杯バタ付かせて漸く乱菊の抱擁から解放されたコロイチは、ぷはっ、と押さえ付けた手の下のふにょふにょに、興味津々の様子で乱菊の胸を紅葉のような手で捏ねるように押さえて遊ぶ。しかしそれはまずいだろうと背後から慌てた一護に抱き上げられると、途端にふえふえと小さな唇を震わせ、ぽろぽろと両目から涙を溢して一護にしがみついた。
「あらら。泣かれちゃった」
「ちっさいんだから、本気でうっかり窒息死するって」
「そのわりには気に入ってくれたみたいだったけど?」
「……胸を掴むなよ」
ワシッ、と両脇から自分の胸を寄せて上げる乱菊から目を逸らしつつ、一護は呆れたように呟いた。


「……浮気も出産もしてないけどアンタの子供なのは間違いなさそうね」
「子供も違うって」
場所をソファーへ変えて、まだ目尻を濡らしたまますんすんと鼻をすするコロイチの頭や背を撫でて宥めながら、一護は無駄だろうと思いつつも訂正を入れておく。
「どっちでも大した違いじゃないわよ。でも丸々アンタのデータで作った子で良かったわね。もし誰かと混ざってたりしたら、隊長もいい気はしないでしょうし」
面白がっている乱菊の調子に、一護はそうだろうかと首を捻る。実験それ自体が気に入らないとは言いそうだが、乱菊の言うように誰かのデータと混ざったところでそれを気にするとは一護には思えない。
逆の立場であれば、一護自身は    きっと動揺する。
「本当よ。アンタの前では格好つけてるでしょうけど、隊長だって恋人相手じゃただの男だもの」
外側はどうにか取り繕えたとしても、心中穏やかじゃいられないわよ。
自信たっぷりに微笑む乱菊に同意も否定もできずにいる一護の感覚に、ひんやりと心地好い霊圧が触れた。
乱菊はとっくに気付いていたのだろう、戸口に向き直ってお疲れ様ですと出迎える。
「お疲れ、冬獅郎」
「一護……」
大きく変化はないものの、ちらと緩み掛けた冬獅郎の目許が訝しげにひきつる。
眇められる視線は一護からその腕の中のコロイチへと注がれていた。見知らぬ幼子の存在に疑問は幾つでも浮かぶ。一護が説明にはあまり向いていない性格だと理解しているから、それらをどう尋ねれば望む答えを導けるだろうと順序を考える。考える頭の隅で、我が物顔で恋人の腕を占領している見知らぬ幼子に、冬獅郎は嫉妬までは覚えないものの、正直に言ってあまり面白くない。もう問い質す順序などはどうでもいいことかと、冬獅郎は小さく嘆息し、最も端的に疑問を口に出した。

「……何だ、それは」
「あぁ、こいつはコロイチって言って」
「一護の子供なんですって!」
はしゃいだ乱菊の一言に、確かにビシリと空気が固まった。
「……現世の人間は男でも子が産めんのか」
盛大に溜め息でも吐きそうな、疲労感いっぱいの冬獅郎の言葉に、乱菊は笑顔で首を傾げ、一護は慌てて頭を振る。少なくともこういう類のとんでもない話についての信頼度は、乱菊よりも自分に分があるはずだ。
「そんなわけないだろ。これ、コロイチっていうんだけど、虚化した俺の生体データから浦原さんが作ったんだよ」
「浦原喜助か」
わかりやすく渋面を浮かべた冬獅郎の目の前で、コロイチは目をきらきら、頬を紅潮させてその顔を見上げている。何かを期待しているとしか思えないコロイチの視線に、冬獅郎は戸惑いと怯みのない交ぜになった眼を一護とコロイチに向けた。流魂街にいた頃、今よりも幼い外見の自分にすら子供も大人も厭わしげに応じるのが常だった。ここまで幼い子供と接したことはないが、冷たい色彩の自分など、子供には興味深くはあっても好ましいものではないだろう。
どうにかしてくれないかという冬獅郎の無言の意図は伝わらなかったらしい。一護はひょい、とコロイチの目の高さで冬獅郎を指差して。
「コロイチ、冬獅郎」
簡単に過ぎる一護の紹介に、冬獅郎は仕方なく膝を折ってコロイチの目線に目線を近付けると、その顔を覗き込んだ。
「日番谷冬獅郎だ」
コロイチは嬉しそうにこくんと頷く。その脇を一護に持ち上げられて、受け取れとばかりに冬獅郎の前に突き出されても嫌がる素振りもないから、冬獅郎は顔をしかめつつ恐々とコロイチを抱き取った。どこもかしこも柔らかい身体は囲い込めば更に手を伸ばし、冬獅郎の戸惑いも知らずに髪を握り、撫で回す。
「…………」
満足したのか、次は間近から翡翠の瞳を覗き込み目を輝かせる。にょ、と伸ばされた指の屈託のなさに、冬獅郎は肝を冷やして眼を閉じ、反射的にコロイチを引き剥がす。
ぷらん、と足が垂れた。
突然宙ぶらりんになったことにびっくりしたようで、眼を丸くしたコロイチは冬獅郎の腕の中から一護を振り返る。
泣き出すかと思いきや、コロイチは一護がひらひらと手を振るとふにゃっと笑み崩れて、片手で冬獅郎の死覇裝を掴んで姿勢を維持すると楽しそうに手を振った。ますます困惑するが、自分に怯えないどころか機嫌良くしている様子を見るとやはり可愛くなってくる。
コロイチを抱えたまま一護の隣に座り、乱菊に茶を頼む。彼女が背を向けた隙に机の上を窺えば、一応真面目に仕事をしてはいたらしい。膝の上で一護の手を捕まえて遊んでいるコロイチを見下ろし、こんな子供がいれば乱菊の興味を惹かないはずがないと、半ば諦めて顎を引く。これはもう仕方がない、手伝ってやろうと決めた。
暫く一護を放っておかなければならないが、子供の相手をしていれば退屈させることもないだろう。

「一護」
「ん? あぁ」
子供を差し出そうと、朧気な一護の手付きを思い出し両脇を掴むと、ぐるんっとコロイチが振り向いた。持ち上げようと手に力を入れれば、へにょりと細い眉が下がる。
「…………」
「仕事か?」
「お茶入れましたから、それからでもいいじゃないですか」
ねぇ、コロイチちゃん。
乱菊がにこっと微笑み掛けると、コロイチはぴょ、と驚いた顔でぷるるっ、と震えながら慌てて冬獅郎にしがみつこうともがく。何をやらかしたのか知らないが、子供に対して怯えられるようなことをしたのかと、冬獅郎は呆れた眼を向けつつ無意識にコロイチの頭を撫でる。擦り寄る気配に見下ろしたコロイチは、嬉しそうにふくふく笑っていた。
「ひょっとして、嫌われちゃった?」
「後で潰さない程度に抱いてやれば大丈夫だと思いますよ」
胸は気に入ってたみたいだし。
「抱かせてくれる?」
「あぁ」
珍しくも少しだけ垂れ下がった乱菊の眉に一護は苦笑し、コロイチが怯えた理由に冬獅郎は納得して肩を竦める。乱菊の胸の暴挙に悩まされている同士としても、コロイチがますます可愛くなった。









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