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ignal Berry
コロイチ 03
霊力を急激に吸い取られた目眩が収まると、一護は腕時計を見下ろしてほんの少し眉根を狭めた。早く起きて余裕の朝と思いきや、コロイチが泣き止むのを待つ間に結構な時間が経っていたらしい。浦原商店に寄っていては間違いなく遅刻になるが、かと言ってコロイチを家に置いていくことも学校に連れて行くことも出来ないのだから、遅刻しようが寄らなければどうにも仕方がない。
問題はどうやって家族に気付かれずにコロイチを連れ出すか、だ。
「……コロイチ、ちょっとの間我慢してくれな?」
うりゅ? と首を傾げたコロイチの頭についた寝癖を摘まんでちょいちょいと直すと、一護は押入れから袋を引っ張り出した。
「お兄ちゃん、今日は何だか大荷物だね。何かあるの?」
「ちょっとな」
遊子の詮索を軽くかわしつつ靴紐を結んだ一護は、遊子の傍らに立っていた夏梨の寄越すジトリと荷物を怪しむ視線に急いでそれを抱えて立ち上がると、そのまま慌ただしく家を飛び出して行った。
「……厄介事に巻き込まれてなきゃいいけど」
「え? 夏梨ちゃん何か知ってるの?」
「知らない。それよりそろそろ準備しないと学校遅れるよ」
「夏梨ちゃん、絶対一人で先に行かないでね!」
パタパタと廊下を戻る遊子の足音に続きながら、夏梨は一護の持っていた袋の中身について追求するのはもう少し後にしようと決めた。
バス停ではなく浦原商店への道を選び自宅からある程度離れると、一護は袋を下ろし口を開けて中を覗き込んだ。
「大丈夫だったか?」
なるべく乱暴にならないよう気を付けたつもりだったけれどやはり袋の中は大変だったようで、コロイチの柔らかい髪の毛はくしゃくしゃになっている。当のコロイチは気にしていないのか、早く出してとばかりに小さな手を伸ばして精一杯背伸びしてヨタヨタと抱っこをせがむから、一護はコロイチを左腕に座らせた。
鞄と袋は右肩に引っ掛けて、自由な手でコロイチの髪を撫で付けてやる。頭を撫でられていると思って嬉しいのか、手に擦り付けて来るからなかなか髪が落ち着かない。
とりあえず歩き出せば、振動にびっくりしたのかまたぎゅぅ、としがみつくのはくすぐったいが素直に可愛い。ぷらぷら揺れる足に脇腹を蹴られながら、きょろきょろとあちこちに眼を奪われ楽しそうにしているコロイチの様子に、既に遅刻を覚悟した一護はあんまり早く歩かない方がいいのかなと妹達と歩く時のように足を緩めて歩くことにした。
コロイチは一護の元へ来る以前にも外に出たことがなかったのか、街路樹から降るキラキラの木漏れ日に腕から転がり落ちそうになるくらい仰け反る。玄関先に並んだプランターの花にやっぱり腕から落ちそうになるくらい身を乗り出す。
散歩中の犬にもコロイチは好奇心いっぱいに両手を伸ばして、わんっと吠えられてぴゃっとなる。シャツだけでなく腕まで握られてさすがに痛い。
思っていたより時間を掛けて浦原商店に到着すると、出迎えた喜助は時計を確認して首を捻った。
「いいんスか? 時間」
遅刻っスよ、と言われても今更だ、苦笑するしかなかった。
「それじゃ」
と預けようとしたコロイチが、ぴと、と一護の肩に頬をくっ付けた。きゅ、と襟を掴み、泣き出すよりも余程哀しげで淋しそうにそこに擦り寄る。
「コロイチ?」
目を合わせようとする一護から少しでも身を離されるのはいやいやと、コロイチは一護の首筋に顔を押し付けて離されまいと頑張る。
「随分懐かれましたね」
さすが元が同じだけありますね、と喜助は笑うが、一護にとっては笑い話で済まない。このままでは何時まで経っても学校に行けない、焦って引き離そうとするが、コロイチに小さな身体で精一杯しがみつかれると可愛くてつい力が緩んでしまう。
「コロイチ、夕方には迎えに来るから、な?」
一護が宥める言葉を掛けてもやだ、と言うようにふるふると首を振る。大泣きされるより弱々しくすがられる方が余程やり難い。解かせようとした小さな手に人差し指を握られて途方に暮れる一護を、様子を見に店の奥から現れた夜一がケラケラと笑い飛ばした。
「すっかり甘やかしておるようだのぅ」
「夜一さん」
「ほれ、喜助が嫌ならこっちへ来い」
伸ばされた褐色の腕がやや強引ながらも素早くコロイチの両脇を掴んで抱き取ってしまう。急に軽くなった腕に動揺した一護の目とコロイチの目がピタリぶつかり、事態を把握したコロイチが慌てて暴れたところで夜一の腕は解けるわけがなく。
みるみる潤み出す黄金に、しかし夜一は厳しかった。ふにふにの柔い頬を摘まんで一護から自分の方へ向き直らせ、わかりやすく難しい顔をしてみせた。
「ワガママも過ぎれば一護が困るだけじゃ。一護と一緒に居たければ少しは我慢も覚えねばならんぞ?」
夜一の言葉が理解できないのかわかりたくないのか、いやいやを繰り返すコロイチの頭をガシッと掴み、夜一は笑う。
「一護に嫌われても構わんか?」
「夜一さん……」
子供を脅すなとたしなめる一護を黙殺する夜一の腕の中から、コロイチが寄越す戸惑った視線に一護は作る表情に迷って困った顔になってしまう。一護の苦笑を見たコロイチはあうあうと小さな唇を震わせ、やがて一護から隠れるように夜一にしがみ付いた。
「コロイチ?」
今度は呼びかける一護に対していやいやをしたコロイチは、夜一の肩や胸元を小さな手でぎゅうっ、と握って埋めた顔を上げようとしない。
「良い子じゃの……ほれ、コロイチが我慢している間に行ってしまえ」
「あ、あぁ。コロイチのこと、頼むな」
「心配いらん。あぁ、もし余裕があったら昼にでも電話をしてやってくれ」
寂しいだろうからのぅ。
ぽんぽんとコロイチの背中を叩いてあやす夜一の頼みに一も二もなく頷いて背中を向けた一護が後ろ髪を引かれつつ歩き出す。その背中が少し離れた頃、振り向かずにいられなかったコロイチは、滲んだ涙でゆらゆらする目を思い切り擦って滴を散らし、一護の背中が見えなくなるまで食い入るように見詰めていた。
「夜一さん、コロイチさん」
夜一の霊力で昼食に代え、腹も膨れたことだし昼寝でもしようかという頃になって、店に出ていたはずの喜助が携帯片手ににこやかに二人のいる部屋を訪れた。
「黒崎サンからお電話ですよ」
喜助の言葉に、無関心にころん、と畳の上に転がったコロイチがころころと右へ左へ一人で楽しそうに遊んでいるのを、夜一はタイミング良く掴まえて膝の上に転がす。
「大好きな一護からの電話じゃ」
夜一の腕にじゃれ付いて遊び始めていたコロイチは、一護の名を耳にするなりそれまでまるで見向きもしなかったことが嘘のように、夜一の膝の上でぴょんと跳ねるように立ち上がり、トタトタトタと夜一を急かすように小さく柔らかい足で足踏みした。
「大人しくせい」
命じられるまま夜一の太股に座らされたコロイチの耳元に携帯を寄せた彼女は、無言のコロイチの代わりに聞いておるよと小さな機械の向こう側にいる一護へと声を掛けた。
『コロイチ?』
一護の声にコロイチはきらきらと目を輝かせてコクコクコクと頷く。
『いい子にしてるか?』
コクコクコク。
「ずっといい子にしておるよ」
『そっか。偉いな』
一護に褒められて、コロイチは嬉しくて堪らないと短い足をパタパタさせ、頬を赤くしてふにゃり笑う。
『夕方になったら迎えに行くから、もうちょっといい子で待っててくれな』
少し間を置いてコクン、と神妙に頷くコロイチの頭を撫でて、夜一は通話を切り上げた。
その後しっかり携帯を抱えて返そうとしないコロイチに、喜助が弱りきって一護に泣き付く様子を夜一が面白いと笑い飛ばすことになる。
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