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ignal Berry

1/3と2/3のバランス




日番谷冬獅郎の食生活は辛うじて破綻を免れている。

しかし朝は基本的に食べない。昼は時間が合えば職場の食堂で何か適当に購入する。夜も基本的に食べない。昼食が抜けた日には仕方なく嫌々買い置きの所謂10秒飯なるゼリー状食品を胃に押し込む。
何も冬獅郎は生まれた時からこんな食生活をしていたわけではない。ここまで破綻したのは社会人になって一人暮らしを始めてからで、一人きりだとどうしても食欲が湧かず食は徐々に、しかしあっと言う間に疎かに、蔑ろになってしまった。
本人は全く気にしていなかったが、そんな冬獅郎の食生活実態に異を唱えたのが、大学生になったばかりの恋人だった。

「……そう言えば」
下肢を重ね、意地悪く二度三度と絶頂を掠めさせてもそこへ押し上げようとはしない冬獅郎に、恋人は普段の強情さをどこかへやって冬獅郎の腰に自ら膝を絡めて深い結合を強請る。それが見たくて待っていた冬獅郎に否やはない。とりとめのない思考を投げ出し強請られるままに深く押し込め、揺さぶって。





「あのさ……『そう言えば』って何だよ」
「ぁん?」
コーラ缶を片手にした恋人の呟きが自分に向けられた疑問だと視線で察した冬獅郎は、何のことを言っているのかと首を捻った。すると恋人の視線にわかりやすく拗ねる色が混じって、冬獅郎は可愛いもんだなぁと目を細める。
「さっきアンタが言ったんだろ。『そう言えば』って」
「……言ったか?」
いつ、と聞き返せば眉間の皺が深くなって沈黙するあたり、口には出したくないようなタイミングで言ったことなのだろう。と推測したところでアッサリ思い出した。
「あぁ、アレか」
ベッドに近付くのを嫌がるようにソファーから離れようとしない恋人に、冬獅郎は足を運んで手を伸ばす。警戒する恋人が目を眇める様すら目に楽しくて、冬獅郎が構わずその前髪を指先で弄るとますます嫌な顔をされた。

「覚えてたのか?」
あんなときだったのに?

無言で手を叩き落とされる。さすがに機嫌を損ねたかと大人しく手を引けば、渋々ながら恋人はソファーにスペースを作ってくれた。大人しくそこへ収まり、一口コーラを貰う。
甘さと炭酸の刺激がこの恋人にはよく似合った。

「ちょっと思い出したんだよ。前のこと」
また無言のまま恋人が表情を渋くする。コトの最中に考え事をしていたというのが気に入らなかったのなら可愛過ぎてもう一度押し倒したいところだけど、実行したら蹴られるのは間違いないからやめておく。
「お前をやーっと口説き落として直ぐくらいの頃」
「それが何だよ」
「お前、俺が家に誘う度に物凄い顔で拒否してたのに、俺がまともに飯食ってないって知ったら即行で押し掛けて来ただろ? そのときのこと」
セックス怖くて完全に腰退けてたもんな。

ぐ、と可愛い恋人が言葉に詰まったのは一瞬。襲って来た拳を簡単に受け止めてみせるように、唸る恋人の言いたいことだって冬獅郎にはちゃんとわかっている。
それはそうだ、結局食事の世話をやきにきてくれただけの恋人をなし崩しでベッドに引き込んで啼かせに啼かせたのは、冬獅郎にとっての幸せな思い出の一つなのだから。残念ながら恋人はなし崩しの騙し討ちだったと思っているようだけれど。

「最初は怖くてガチガチで泣きまくってたお前が、いつの間にか自分から脚絡めてよがりまくるようになるなんて……」
「よがるとか言うなっ!!」
今度の拳はかなり本気で危なかった。

「えぇと、そんなことを考えてました」
思わず敬語になった冬獅郎の頭を軽く叩いて、恋人は立ち上がる。コーラの缶を捨てて、その足はベッドへ。
その背中を追いながら、冬獅郎はなぁ、と胸の内だけで話し掛ける。

(なぁ、お前がいないと飯食う気にならないって言ったらどうする?)
性欲にも食欲にもお前が必要だって言ったら、俺の自由になる三大欲求はもう睡眠欲しか残ってないって言ったら、結婚してくれるか?

「もう寝ようぜ。ほら、冬獅郎も来いよ」
頷くみたいに振り返って笑うから、期待するだろ。





日番谷冬獅郎の食生活は恋人のおかげで辛うじて破綻を免れている。
朝は基本的に食べない。昼は時間が合えば職場の食堂で何か適当に購入する。夜も基本的に食べない。昼食が抜けた日には仕方なく嫌々買い置きの所謂10秒飯なるゼリー状食品を胃に押し込む。

しかし恋人が泊まる金曜の夜から月曜の朝までは、恋人の作る食事を三食きっちり取って食欲を満たし、ついでに少しだけ睡眠時間を削って性欲を満たしている。









……楽しかった、笑



(c)Sakusi