ねるときはいっしょ
日も変わろうかという時刻に、他隊より危急の決済を願いますと持ち込まれた書類は、確かに冬獅郎のこめかみをヒクつかせた。
複数隊から寄越されたその何れもが、確かに急を要するものでなければ冬獅郎は突き返して寝ていたに違いない。共に寝ていた一護もその些細な騒ぎで起こされてしまい、今は仕事をしている冬獅郎の横で寝るのは悪いからと、敷布の上に座って仕事の終わりを待ってくれている。冬獅郎は寝ていて構わないと何度か声を掛けたが、一護はその度に様々な顔で笑って、拗ねて、機嫌を損ねて、けれど起きて待っていると主張した。
嬉しくないわけがない。筆を走らせる手は自然逸った。
微かに瞼が重く感じられるけれど、仕事をしている冬獅郎の側で寝るのは嫌だった。
寝ていいと申し訳なさそうに言われる度に、そんなに眠そうな顔をしているだろうかとちょっと情けなくなる。日は変わったけれど、まだ特別夜更かしって程の時間でもない。
もう以前から見慣れている部屋の中を見回すのにも飽きた一護の目は、今は冬獅郎だけに注がれていた。
俯いた面、自分と同じで普段とは違い垂れた髪、晒された項には卓上の灯りで濃い影が落ち、淀みなく動く筆を持った手が揺れる度に骨のしっかりした手首が赤い光に照らされる。
子供のそれじゃない、そう一護が思うのは身を任せているからではない。寧ろ順序はその反対で、冬獅郎に男を、或いは大人であること感じるから、身を任せられるのかもしれない。
そう思ったところで、一護ははたと目を見開く。
今は子供の姿をしている冬獅郎でも、時を経れば時が経てば、成長し大人になる。恐らくは何十年、ひょっとすると何百年という時間を掛けて、その頃には人間の自分は当然生きてはいない。
今見えている、まだ幼さの残る頬のラインがシャープになって、ひょっとすると髪も長く伸ばしたり、首から肩、全身が厚みを増して手足も長く伸びて、骨張った指が刀を握って誰かを守るのだろう。
「……それってちょっと悔しいかも」
「何か言ったか?」
まだまだ時間が掛かると思っていた書類の山、三分の一程度は資料だったらしい。冬獅郎は廊下まで夜勤の部下を呼び付けると急ぎの物だから直ぐに各隊へ書類を届けるよう告げて下がらせた。
「もう終わったのか?」
「あぁ。ほら、寝るぞ」
灯りを消し、暗く感じる天井を不思議そうに見上げる一護を促して横になる。
一護がずっとごろごろしていたせいか、布団は微かに温かい。
「……なぁ、冬獅郎」
呼び掛けにとろり絡んだ睡魔の気配が冬獅郎には少し可笑しい。起きていたいと我を張る子供でもなかろうに、そう思うと応える声に意図せず宥める響きが混じりそうになる。
愛しいからだと言い訳できるだろうか?
「どうした、早く寝ろ」
「寝るけど」
寝るけど、と繰り返して欠伸を一つ。眠りの気配はもうすぐ近くに。
「なぁ、明日にはデカくなってろよ」
せいちょうほるもんとかで。
「…………何だそりゃ」
断っておくが成長ホルモンが何であるかを聞いたわけではない。そんなことより唐突で無茶苦茶で言いたい放題か。思わず冬獅郎の肩が落ちる。
成長? したいでできるものならとっくにやっている。
それにしても何故突然成長ホルモンの話になったのかが冬獅郎には分からない。人間の成長ホルモンが夜中に出るのは知識として知っているが、つまりその辺りのことが関係しているんだろうか?
ホルモンの分泌で成長を促せと? そもそもそんなものは一晩でどうにかなる話ではない。
しかし聞こえて来たいかにも気持ちの良さそうな一護の寝息に、冬獅郎は思考と共に脱力感を手放すと、苦笑いでその橙の髪をくしゃりかき混ぜた。
おわるまでまってる。だからいっしょにねよう?
(c)Sakusi