さて、教えているのは何でしょうか?
終電も過ぎた駅前のロータリーに、制服姿の学生を見付けた。グレーの詰襟、それが空座高校の制服だと直ぐにわかったのは昔の遊びのせいか、今の仕事のせいか。どちらにせよこんな時間に制服で出歩いている補導対象者なんざ、関わり合うには厄介過ぎる
と経験は警告するのに、本能が退くことを拒絶する。
喧嘩でもしたのか制服は目立たない程度ではあるがあちこち擦れている。殴られたのか、頬骨の上が青黒い。それでも、耳から胸元に垂れ下がるイヤホンの黒いコードと時折微かに動く薄い唇、静穏に凪いだ横顔が、興味を誘うから。
たぶん、昔の遊び心が騒いだ。
「お前、家出か?」
ゆっくりと向けられた誰何の眼差しは、しかし直ぐに意外な戸惑いと迷いに転じた。
「日番谷先生……?」
俺を先生と呼ぶのは限られている。見知らぬ相手だと思っていたが、なるほど、塾生だったか。
今の仕事の金蔓だと認識して、しかし何故だろう、本能は一向に引き下がろうとしない。喉笛に噛み付いて、細い肢体を組み敷いて服を剥ぎ取り、犯したい。そうすれば間違いなく職を失うと理解しながら、それよりもこの子供を滅茶苦茶にしたい。
暴力を振るう揺らぎ知らぬ静謐を全て、味わいしゃぶり尽くしたい。
「塾生だな? こんな時間にどうした?」
何気なく手を伸ばして腕の汚れを軽く叩いたのは気遣いじゃない。子供は理解したらしい、俺が喧嘩をしていたと確信したことに。賢い子供はいい、やり易い。
「……終電、逃して」
「タクシーは?」
「あんまり金ないし」
タクシー代で買い叩かせる気か? まさか、そこまで自分を安く見積もりはしないだろう。
「だからって野宿ってわけにいかないだろ。親も心配するだろうが」
橙色の髪が揺れる。前髪から透けて見える冷やかな拒絶の色、余計なお世話だと言いたいなら勘違いだ、残念ながらお優しい先生じゃない。
「言い訳はできてる」
それは喜ばしいことだ。あまりに都合が良すぎるとも言えるけれど。
しかも言い訳だと言うなら、内容がどんなものかは知らないが言った通りに行動しないってことなんだろう? 好都合、好条件、この上ない。
狂った本能が舌舐めずりする。
手を伸ばし、肩に触れる。体を傾け、耳の後ろで囁く。自分でも意外なくらい、いやらしい声が出た。
「うちに、来るか?」
触れた肩にじわり指を滑らせる。跳ねた子供の肩は怯えたからか感じたからか。期待だったらとんでもねぇけどな。
「
日番谷先生が、昔ナンパした女の子のハメ撮り写真で荒稼ぎしてたって、本当?」
へぇ、よく知っているな。断っておくがちゃんと相手の同意は得てる、どんな形でも、な。
「本当だったら?」
だったら、どうする?
「……俺は女の子じゃねぇし、関係ないけど」
「歪んだ性嗜好の連中なんざ腐るほどいるぜ?」
男のハメ撮りなら、出すとこ出せばちょっとした小遣いくらいにはなるだろう。
さぁ。
「
どうする?」
促し、誘う。
肩に乗せた手が叩き落とされ、アスファルトをスニーカーの底が叩く。背を向けて歩き出せば
足音が着いて来た。
塾講師と生徒、すぐ失われる弱くて脆い後ろめたさがいいと思う。
(c)Sakusi