Full Moon
(……んあ?)
ギシ、と軋む音が少し近い場所から聞こえた気がして、眠っていた一護は夢現に眉根を寄せた。寝返りを打ったわけでもないのに何が軋んだのか、思う間に再び、今度は耳の直ぐ側でまたギシリと音が。
聞き間違いではないと判断するや否や、一護はカッと目を見開いた。覆い被さる影が誰のものともわからないまま振り上げた手は凶暴だったが、影を叩きのめすことは叶わず、それどころか腕は簡単に捕らえられて押さえ込まれた。死体を繋ぎ合わせた一護の身体は体温が低く、だから触れる生きた体温は温かいと言うよりもかなり熱い。焼ける、とまではいかないが握られ続けるのは一護にとっては軽い苦痛を伴う。不愉快さに思い切り顔を歪めた一護の頭上で、翡翠の目が笑った。
「よぅ、一護」
いい夜だな?
犬歯を剥くようにして獣染みた笑みを見せた男の頭には、白銀の毛に覆われた尖った耳が生えている。
「てめぇっ、この犬っコロ! 何やってやがる!!」
毎度毎度勝手に部屋に忍び込んで、とがなり立てる一護を綺麗に無視して、冬獅郎は怒鳴ろうとも血の気は薄いままの一護の頬に口付ける。飛び起きて逃れようとする一護の胸を肩で押さえ付け、体重を掛けて邪魔をする。一護の身体能力はプロのアスリートに比べてなお高いが、それでも狼男の冬獅郎は見た目よりも重く、力比べで勝る筈がない。
「お・も・い〜っ!!」
「逃げないって言うならいいぜ?」
「阿呆かっ! 誰が無理矢理犯されるってわかってるのに大人しくするんだよ!?」
「その答えがわかってて押さえ付けない奴はそれこそ阿呆だろうが」
冬獅郎の言うことは一見理にかなっているようだが結局のところは屁理屈だ。のし掛かられ、真上から悪辣な笑みに見下ろされる一護は歯を剥いて唸る。一護の見せる抵抗に、冬獅郎は小さく肩を竦めた。
「ガキの成りをした俺なら良くて今の俺が駄目っていうのはやっぱり納得いかねぇよな」
狼男の冬獅郎はまだ年若く未熟で、普段は幼い子供のような外見をしている。しかし満月の夜だけは狼男としての血が勝り、体格は一気に成長して体長は180cmを優に越える成人のそれに変化した。
冬獅郎と一護は種族の壁を越えて恋人だったが、狼男の血に引き摺られ、成体となった冬獅郎が、一護はどうしてだか、けれどどうしても
苦手だった。
「俺のことは、好きなんだよな?」
否定できない聞き方を選んでする冬獅郎に、一護の眉は益々つり上がる。
冬獅郎のことは好きだ、愛している。
ただ、満月の夜の冬獅郎は、そのサディスティックな一面が全面に押し出された冬獅郎は、苦手だ。
「そんな顔するなよ……可愛いだけだぞ」
引き結ばれた唇にキスを繰り返し、顔を背けることで拒否を示し、結果的に晒された一護の首筋に柔く噛み付き歯を立てる。尖った冬獅郎の犬歯がカプリとそこを甘噛みすれば、電流のように刺激が走り、一護は必死に歯を食い縛る。既に何度も身を重ねている冬獅郎は、自分が一護に何をどうすればその熱を高められるか、誰よりも知っている。
しかし、冬獅郎が持つ手練手管で完全に籠絡するまで続くだろう一護の抵抗はやはり厄介だからと、冬獅郎は予め持ち込んでいた頑丈な鎖で、一護の両手を力任せに縛り上げた。
「あ、てめっ……」
「抵抗も少しなら美味しいが、お前はやり過ぎるからな」
でも、仕置きされるのは嫌なんだろう?
「てめぇの身勝手を俺の責任みたいに言うのは止めろ!」
本気の抵抗なんだぞ!?
「本気の抵抗って……そんなにコレがデカいのは嫌か?」
一護の部屋に忍び込んだ瞬間から、否、始まりは体が変化し終えた後、一護の元へ向かおうと踵を返した瞬間から、硬く芯を通し始めていた正直な陰茎を一護の膝頭に擦り付けて、冬獅郎は一護の耳朶を舐め付ける。ビクン、と跳ね上がる一護の胸を撫で、尖ることを強請ってその乳首をつねる。
「っ、ァ……!」
痛い。
涙は滲まずとも爪で摘まれれば相応に痛い。普段は同じことをするにしても、施される刺激は一護の身に甘く響くのに、鋭い痛みが先に立つ。
(何だってデカくなったらサドになるんだよ……!?)
ギリ、と遠慮なく睨み付ける一護に、冬獅郎はニタリと笑う。休んでいたため、ベルトを抜いたままの緩いズボンを、冬獅郎は食べ物の皮か何かのように剥き下げて、僅かに震えた一護の膝にまた笑う。
「サドサド言うなよ、そんなに酷いコトはしてないだろ?」
ちゃんと愛してるし可愛がってる。
「あぁ、でも
お前が生きた人間でなくて良かった」
もし熱い血潮を感じればその動脈を噛み千切らずにはいられない。生者の息吹を感じればその甘い匂いに耐えることはできず、股間は収まるところを知らずいきり立ち、きっと一護を犯し殺す。殺してなお収まらずに犯し続ける。
心底良かったと思いながらも、冬獅郎は一護の肩に噛み付き、手は色を異にする一護の肌を辿って引き抜かれないまま肌を縫い合わせている糸に爪を掛ける。死んだ一護の肌は細胞が再生せず縫い合わせたところで皮膚同士は癒着しない。つまりその糸が切られれば
……
「そんなに竦むなよ……すっかり縮こまってんじゃねぇか」
愛しいお前が危なくなるようなこと、本気でするわけないだろ?
命の危険を感じて無防備になった一護の萎え切った股間を撫で回し、気紛れに陰嚢を揉み転がし、速く勃起しろよと強いる冬獅郎の目は、興奮と愉悦に染まって。
「ほら……感じていいんだぜ?」
遠慮するなよと口角を上げ、牙を見せ付けて愉快に笑う冬獅郎を見上げ、一護はただ思い切り顔を引き攣らせた。
成人した狼ver.でも良いのではないかと思って。
(c)Sakusi