笑ってみせて

(月詠:影月 様より)




宴会の花といえばいつの時代も変わらず女性である。
美しい笑顔と共に酌などされれば安い酒とて美味く感じられるものだ。
幸いにも護廷には大層見目麗しい女性達が溢れていたので、そういった点での保養は特に欠かしたことはない。
昨年までは、という注釈はつくが。
「さっきから一先生のとこばっかり花があるような気がするんだけど、もう酔って来たかなぁ」
眼を擦ろうが頭を振ろうが真実は真実だ。
途中から姿の見えなくなった最高責任者に代わって上座に座る人物の傍に、花は咲き乱れている。
「じゃあ俺も酔って来たんだろうな」
「だよねー」
「昔からひとには慕われる方ではあったが、」
酒が入るとこんなにも顕著に現れるとは。
「代表ーちゃんと飲んでますかー?お酒全然減ってませんよー?」
「ん、貰ってるよ」
「これね、お店の秘蔵酒なんですって。店主口説いて貰って来ちゃいました」
「乱菊…」
誇らしげに胸を張る彼女に、相手は何と言って良いのか判らない困惑顔だ。
隊長格が集う宴ともあり会場はそれなりに敷居の高い料亭、そんなところの秘蔵の酒ともなれば隊長といえどおいそれと注文はできない代物だろう。
褒めるべきは気前の良い店主か、それとも口説き落とした乱菊か。
「良いんですよぅ、代表の復帰祝いですもの無礼講無礼講!」
「ジジイの懐が痛まないと良いが」
既に宴会場はここで三軒目だ。
前の二軒でもこれに劣らず騒いで、酒を浴びるように飲んでいたので全員のアルコール摂取量はかなりのものになる。
意識のない者もいるが一切構わず引き摺って来た。
起きたら背中を初め身体の至るところが痛むことだろう。
引き摺る方も引き摺られる方も意識がないのが幸いかも知れない。
記憶に残っていたら遺恨も残ること間違いなしだ。
「代表、お酒強いんですねぇ」
「そうか?」
「そうですよー!女性死神協会総出で代表の酔った顔を男共に見せちゃいけない!って意気込んでたのに無駄になっちゃいましたー」
何だそれは。
「絶対に色っぽいと思ってたのになぁ」
何故か残念そうに呟く彼女に苦笑して、戦利品である酒を注ぐ。
秘蔵として隠して来ただけあり芳醇な香りは極上の一級品であることを伝えて来た。
腕の良い杜氏だったのだろうな、と目を眇める。
「わっありがとうございますー代表のお酌ー!」
「そんな大層なもんじゃねぇよ」
気持ちが良いくらいの飲みっぷりだった。


 
窓から射し込む青白い光が広間をぼんやりと浮かび上がらせる。
寝静まった部屋の其処此処からは時折盛大な寝言やいびきも聞こえて来るが、突発的なそれらを除けば静かなものだ。
宿泊業務を行なっていない店だろうに迷惑をかけてしまったな、と顔色の悪い店主を思い出す。
護廷最高峰の権力ばかりを持っている隊長格の宴会のため追い出すことも適わないその心中を察したい。
店にあるだけの毛布を借り(仕込みのために泊りがけの料理人もいるらしい)、女性を中心に起こさぬよう気を使いながら被せて行く。
明日(いやもう今日か)の護廷上層部は使い物にならないだろうな、と思いながら。
   …何じゃ、まだ起きておったのか」
「お前こそどこ行ってたんだよ」
最後の特大毛布を雑魚寝団体様に投げつけ、腰を落ち着けた時に襖が開いた。
「儂がおっては酔えんだろうと思うてな」
「いや、最後の方はあんまり関係なかったと思うぞ」
寧ろいないことで注文は度を越えた気がする。
「乱菊が店主を口説き落としてこんなの貰って来た」
「ほぅ」

   懐かしいだろ?」

青とも白ともつかない月光に照らし出されて、ぼんやりと輪郭を取り戻す硝子から水音は聞こえない。
満たされていた豊かな水は、今頃全員の胃で消化を待つばかりだ。
「残っておったのか」
「凄ぇよな、何百年前の話だよって思った」
眼を閉じて脳裏を過ぎるのは、大よそ死神には似つかわしくない、さっぱりとした小気味良い笑みを浮かべる男の顔だ。
隠し事が苦手の真っ直ぐな性格は一護に通じるものがあり、頑として信じた道を揺るがそうとしない鉄の精神は山本に通じるものがあった。
衝突が絶えないふたりの間に、いつも割り込んで来たお節介者。
実家が酒屋、父が杜氏だった所為か無類の酒好きだったことも印象的だ。
言葉遣いも荒い男だったが、酒を作らせれば瀞霊廷一といっても大袈裟ではなかっただろう。
死神なんてやってる場合か!と良くふたりで怒鳴っていた記憶がある。
   山本隊長、黒崎隊長』
『何じゃ、これから祝言を挙げようという男がこんなところで何を油売っておるか』
『お前みたいな酒臭い飲んだくれの嫁になってくれる女性(ひと)なんてもういねーぞ、早く行けよ』
真っ赤に泣き腫らした男の目許に笑う。
酒が入っていない状態でこいつの涙を見ることになろうとは、長く生きていると何があるか判らない。
『長い間、お世話になりました…!』
『気持ち悪っ!俺達は花嫁の親じゃないんだぜ!?もっと他にあんだろ、他に!』
『就任式でも素行の悪かった男が、こんな時だけ言葉を改めても無駄じゃぞ。お主の口の悪さはとうに知っておる』
『めでたい門出ぐらい素直に背中押して下さいよー!!』
最後になるかも知れないってのに!
『押してんじゃねーか、ここまでお膳立てしてやったのは誰だ?ん?』
『黒崎隊長さまです…』
『図体ばかりでかくて声もかけられんお主に席を用意してやったのは?あの娘の店から宴用の酒を取ってやったのは誰じゃ?』
『山本総隊長さまですー!!』
『判ってんじゃねーか。これから添い遂げようって時に不安になんてなるか?普通そういうのは女の方がなるもんなんだぞ?』
『男のお主がなったところで気色悪いだけだの』
散々な言われように返す言葉も見つからないようだ。
打ちひしがれる傷心の背中に笑い、ふたりはそのしょんぼりした後ろ姿を蹴り上げる。
『戻って来んじゃねーぞ。来たら追い返すからな』
『お主は死ぬまでそのままでおれ』
自分達はこれから先、ずっと変わらずにいることなど不可能だろう。
本来であればこうして笑い合うことさえ叶わぬと思った過去を抱え、その過去さえ忘れなければならない未来を進む。
記憶をどこまで引き摺れるのか、それさえ不確かな。
曖昧な未来しか約束してやれない自分達の代わりに、自分達の分まで、どうか全て覚えていてほしい。

『『おめでとう、盟友』』

魂魄が新たな転機を齎す、その時まで。
「最後の最後まで締まらねぇどーしようもねぇ親父だったけど、まぁイイ男だったよな」
「ふん。女を見る眼があったことは認めるわい。自分がぽっくり逝った後、連れはこんな立派な店を残したんじゃからな」
「だよなー」

最後の最後まで涙涙だった男は、顔をぐしゃぐしゃにしたままふたつの酒瓶を渡して寄越した。
色気も味気もない、銘すら打たれていない硝子のそれを。
『おふたりが褒めて下さった、俺の酒です』
『何だ、祝い酒を贈るなら俺達の方なのに』
『良いんです、俺からおふたりに渡してこそ意味があるんです。これから先、おふたりに多幸があることを願って』
『青臭いことを。お主、祝言を控えて一気に臭くなったのではないか?』
種類によっては神酒として悪いものを祓うことに使うぐらいだ。
男が言いたいのはそういうことなのだろう。
傍を離れる自分に、かつての盟友を護り抜くこと、戦い抜くことはもう出来ない代わりに、迷信と判っていながら託さずにはいられないもの。
約束の証として捧げたからには、二度と同じものを作ることはないという覚悟と共に。
世に三本だけ生み出された水は、何の因果かこうして目の前に戻って来たわけだ。
時代を経て世を護る死神達に飲まれたのだから、あの男も本望だろう。
「お前、あの酒どうした?」
「とうの昔に飲んでやったわ」
「俺も。一年ぐらいは我慢したんだけどな、まさかあいつがこんなに長く残してやがるとは」
真っ先に蓋を開けると思っていた。
意外な我慢強さを今日になって知ると共に、彼の代から続く暖簾を懐かしく思う。

酷いですよ、と男が笑った気がした。


 
END


 

 

 



言い訳。

咲紫さまに捧げさせて頂きます代表設定。
統学院を一緒に作った人というのを一度書いてみたかったんですが、微妙に逸れた、かも知れません。
無駄なサイドストーリーを考えるのが好きですみません!
詳細リクエストを訊いておけば良かった…!(いつでもお待ちしております!!)(笑)








影月さんより相互リンクの記念に賜りました!
リクエストを聞いて頂いたとき、迷わず代表設定をとお願いしたら、こんなに素敵なものを書いて頂きました!
私は影月さんのことを密かに、山本総隊長を世界一男前に書く方だと慕っております!
冬獅郎より格好いいよ、爺様!(笑)
本当に有難う御座います、感謝の言葉が尽きません!