辿り着いた先の情景
(月詠:影月 様より)
護廷の死神などあてにならん。
実習の感想は取り敢えずそれだ。
敵前逃亡などしでかしてくれた姿に、どうして自分達の理想を当て嵌めることができようか。
将来は死神になるんだ!なーんて思った俺達の夢を返せ(他の同期達が聞けば「夢なんて見てねぇだろお前ら」と諸手を振られること間違いなしだ)。
「なあ冬獅郎」
「あん?」
「なーんか俺、久々にきれそう」
「三日前に壁を壊したばかりだと思ったが、まあ良い。奇遇だな、俺もだ」
腰を抜かした死神が将来上官になろうがなるまいが知ったことか。
仮に生きて帰れたとして、万が一の確率で死神になれたとしたら、こいつよりは出世してみせる自信がある。
「こいつらに助けられるぐらいなら死んだ方がマシつーか」
「そうか。骨は拾ってやらん」
「拾えよ!ってかお前も道連れに決まってんだろ!」
瀬戸際の割には結構余裕か?
震えて発声すら儘ならない対虚戦術の本職を尻目に、ふたりは言い合いながらも腰に据えた浅打を抜く。
意志そのものが宿るという死神の斬魄刀に比べれば、院生でしかない自分達の矛は鈍刀もいいところだろう。
敵うはずのない相手だとは痛いほど理解している。
だからこれは単なる悪足掻きだ。
簡単にただやられてお終いなんて自分達には性に合わない、それだけの理由。
「俺は死神になんてならねーぞ」
「じゃあ何になるんだ。鬼道も絶望的、霊圧抑制も壊滅的なお前に鬼道衆と刑軍はまず無理だろう」
「っせーな!」
「流魂街に戻るのか?」
「一々嫌味っぽいんだよ天才児さまは!」
頬を引き攣らせながら虚の一撃を避ける。
初級鬼道よりも先に(というか未だに会得はできていないが)瞬歩を覚えた一護にとって、この程度の速度ならば対処できる範囲内。
距離を取り、ギっと不気味な仮面を睨み付ければ、少し遅れて冬獅郎が足並みを揃えて来る。
「どうせ俺はお前みたいに鬼道とかできねーよ」
「お互いさまだろう。俺はお前ほど速いわけじゃねーし、剣でも三度に一度は負けるからな」
霊力の高さがものをいう世界。
両者とも統学院では群を抜く霊圧を保持しているが、それぞれが得意としているものは全くと言っていいほど正反対だった。
霊子コントロールにお手上げ状態な一護に対し、冬獅郎は早々に詠唱破棄をこなし。
模範的な剣技を主とする冬獅郎に対し、一護は独自の戦い方ながら教員を含めて統学院に相手はいない。
問題行動は多いながらも、ふたりの成長ぶりを院側が期待していないわけでは決してないのだ。
将来有望な生徒をふたり同時に失ったとなれば、どれほど嘆くことか。
「まあ頭は悪くねぇし、仕事はあるかもな」
「お前に言われるとマジむかつく!」
「何でだよ。一緒に行ってやるって言ってんのに」
濃厚な蜜色の双眸がきょとん、と瞬く。
想像していなかった返事なのだろう、こんな状況だというのに無防備な表情を晒したあと、けれど僅かに目許を緩めて口角を持ち上げた。
尸魂界では珍しい、年齢と外見が比例している彼らしい笑顔。
「生きてたらな」
「ああ、生きてたらだな」
護廷に行く気などさらさらなくなってしまったけれど、入廷しなかったとしても時間が無駄だったとは思わない。
願わくば生きて。
隣を歩いて、また馬鹿をやりたい。
「あ?」
「一護?」
きぃん、と耳の奥で何かが鳴いて。
「…ん?」
「冬獅郎?」
かしゃん、と胸の奥で何かが割れた。
都合の良いこと極まりないけれど。
「あー…冬獅郎、俺ちょっと死にたくなくなって来た」
「誰も死にたいなんて言ってねぇだろうが」
変哲もない万人向けだった浅打の柄を握り締めて、これが終わるなら倒れても構いやしないとばかりに霊圧を高める。
密度のあがった空気はチリチリと肌を焼き、その中心に立つ本人達の呼吸さえ奪った。
急激に乾燥させられた地面が砂埃を巻き上げては鮮やかな茜色と白銀の髪を掻き乱し、四方三里を一種の結界に近い形で覆い隠す。
強固なはずの虚の外面に傷が奔り、控えていた死神の皮膚を裂く。
既に立ち続けることも不可能な圧迫感の中、血溜まりに沈んだ彼はうわ言のように助けを求めた。
「…隊、長、」
集中に集中を重ねていたふたりは、額に玉のような汗を浮かばせながらこの言葉に呆れる。
故に気付かなかったのか。
意識を失う直前の彼は、彼らの纏う制服の『白』に、最高の強さと栄誉の象徴である『白』を重ねていたのだと。
第三者がいたのなら、その背に責任重き数を見ただろう、と。
「 霜天に坐せ氷輪丸!」
「 目覚めろ斬月!」
救援信号が届いたのち、すぐさま結成された援助隊がその場で活躍することはなかった。
数体におよぶ巨大虚の姿を確認し、誰もが実習現場にいた者の生死を絶望的に予感していた中。
「 っ!黒崎、日番谷!!」
気丈にも生徒を確認したいと同伴していた統学院の教師が悲鳴じみた声をあげる。
「っだーおっせーよ先生!」
「おまけに煩ぇ…」
「お、おまえ、ら…!よくっ無事で、!!」
「あーうん、あんまし大丈夫じゃあねぇけど、そこにいる死神のおっさんよりはマシだろうな」
「たいして役に立ってねぇくせにな」
破壊の限りと尽くされたといっても過言ではない場所で、ふたりの生徒は背中合わせに座り込んでいた。
酷く濃い疲労感を浮かべてはいるが、大きい外傷はなく出血もない様子。
見渡せる限りの四方三里、何の建築物かも判らぬコンクリートは抉れ、申し訳程度に残る草木や樹木はひとつの例外もなくなぎ倒されていた。
襲撃して来たのが巨大虚なのだから無理もない被害だ、とぼやける視界を拭えば、「あー違う違う」と否定の手が入る。
「壊したのは俺達だ」
「日番谷!?」
「あーそうそう、これ使うの難しいんだな」
声を聞いてすぐさま実戦だった所為だろうか。
握り締めたままの末に変化した浅打 否、それはもう斬魄刀と呼ぶべきなのか、それぞれ異なった形状に移り変わった己の半身を見つめる。
美しい月の名を持つ氷輪丸。
荘厳な月の名を持つ斬月。
偶然なのだろうが照らし合わせたように一致した天空の光の名を、ふたりはどこか擽ったそうな表情で眺めた。
「護廷なんて誰が行くかって思ったばっかなのにな」
「良く考えてみりゃ、流魂街だろうがどこだろうがお前に務まるのは死神くらいだしな」
「んだと!お前みたいなちみっこ引き取ってくれんのも護廷ぐらいだっての!」
「試し切りされてーのか一護?」
「上等だ!」
預けていた背をばっ、と引き離し。
自身の能力として加わったばかりのそれを、もう慣れた仕草で構えて見せる。
将来有望というか行き先不安というか、来年度より彼らの担任を務めることになっている教師は嘆くように天を仰いだ。
扉のすぐ傍でバタバタと立ち止まった足音に、冬獅郎は顔を顰める。
護廷でも指折りに数えられる瞬歩の手練れのくせにまるで子供のような足音を響かせるのだから困ったものだ。
「 冬獅郎っ!!」
「だから日番谷隊長だ、ってもお前は聞きゃあしねーな」
「これ預かっててくれ!」
盛大に顔を歪めた相手の忠告さえ聞かず、押し付けられたものに翡翠の双眸が細まった。
「…おい、一、」
「頼んだぜ冬獅郎!失くしたりすんなよー!?」
扉から入って来たくせに今度は窓から飛び出して行く。
何でお前はそう引き返すという行動を知らないんだ、と怒鳴ってやっても良いのだが、無視されるか流されることは判っているので思い留まった。
押し付けられたものを見下ろし、嘆息。
「どこに自分の斬魄刀を預ける隊長がいるんだ、アホめ」
実際には目の前にいたわけだが。
彼の慌てぶりからするに大方、某隊長から戦闘申込でもあったのだろうが、それにしたって自身の半身を置いていくのはどうなのだ。
斬魄刀を持っていないと判れば相手も諦めるだろうという希望の表れか?
甘いような気もするが。
「助けになんていかねぇぞ、馬鹿野郎が」
窓から見える橙色の髪に笑い、預かってやるかと机に向き直った。
END
言い訳。
言葉では敢えて言わない信頼というものに憧れます。
喧嘩したり馬鹿やりながらそれでも一緒に笑っていれば良いなーと思いながら青春臭い(?)ものを咲紫さまへ!!
影月さんより相互リンクの記念に賜りました! 貰い過ぎていますか? ですよね。
同期設定、やんちゃ共'sです! 青い!(笑)
野郎が持ってるこういう青さを不自然さなく書き上げる影月さんの絶妙さに憧れます。
本当に有難う御座います!