本音を聞かせてくれないか

(LSD:あさや 様より)




「俺はな、一護。お前はそうバカじゃねえと思ってんだ」
「………」
「何故なら俺はお前といても疲れねえ。頭の悪い奴と一緒にいられるのはベッドの中だけだ」
「…変態バイ野郎」
「まあ聞けよ。で?  今度は何て言って振られたんだ」

にっと形のいい唇の端を引き上げた冬獅郎を睨みつけ、俺は躊躇わずそばにあったビーズクッションを放り投げた。動きの少ない軽い動作でそれを捉えられるのは予測済みだったから、投げつけた手とは逆の手で自分が敷いていた座布団を引っ張りあげて投げつける。勝ち誇った顔を見る前にそれが冬獅郎の顔に直撃した。いい気味だ。

「ぶ!…てめ、やるじゃねえか」

明らかに俺を揶揄うために引き上げられていた唇の端が引きつるように歪んだ。それを見て溜飲を下げてから、ふいと顔をそらしてそれだけじゃ我慢できずにカーペットに懐くように体を伏せた。話すんじゃなかったと思わないではないが、どうせ冬獅郎にばれるのは時間の問題で、それなら自分から言ったほうがまだ精神的に苦痛が少ないことは解りきっていた。
冬獅郎が今度は、という言葉を使っても可笑しくないくらいに  俺が振られたことを言ってもいないのに断定できてしまうくらいに  俺は、恋人に振られ続けている。俺が振ったことは一度としてない。仕方ないだろう一護だから、といつかに冬獅郎は肩を竦めて見せたが、俺にはその理由がさっぱり解らなかった。

「大体、てめえのたずなを握れるような女がそうそういるかよ」
「…どういう意味だよ」
「そのままだ。ま、俺の知る中じゃ松本ぐらいだな」
「乱菊さんっておま、最高レベルかよ!?」
「そんだけ扱い辛いんだよてめえは」

ひょいと肩を竦める仕草はひどく似合っていて、軽薄に映る冬獅郎の外見そのままに中身も軽薄極まりないのだが、それでもどこか筋を通すところは通すのだと、知らせるような意志の強い翡翠の双眸は薄い瞼の裏に隠れてしまった。体を捻って見上げた先の冬獅郎のその仕草に、残念だと思った心に、蓋をする。
今はまだ気づきたくない。気づかなくていい。
それは、いつまで許される?

「安心しろよ、お前の元カノの数が二十の大台に乗る前に俺がもらってやるから」
「いらねえよ!つか二十って!俺どんだけ振られんの!?」
「すぐそこまで見えてる数字じゃねえか」
「リアルすぎて考えたくないんでちょっと黙ってもらえませんか」
「泣くなら慰めてやるぜ?」

もちろん体で。
付け加えられた言葉に、鼻で笑って返す。

「大体恋人もろくにいねえ冬獅郎に言われたくないんですけどー!?」
「今回はどこで知り合ったんだっけ?」
  サークルで」
「またかよ」
「他の出会いってどこ!?合コン!?無理無理無理!」
「逆ナンとか?」
「…それで女がひっかかるのはお前だけだっつの」

ブランドバッグよりも余程アクセサリーになるだろう波打つプラチナブロンドと深い思慮を知らせる硬質なエメラルドをはめ込んだような双眸を持ち、手足の長い長身に整った顔立ち、口を開けば頭の回転の速さを知らせるそれなのだから、恋人がいようがいまいが、女性に放って置かれることもないだろう。そうして手放しで褒めてしまえるほどの容姿を冬獅郎は持っているがしかし、中身はというと首を捻らずにはいられなくなる。女性に対しての口の滑りのよさを俺は目の当たりにしたことはないのだが、俺といるときの冬獅郎はガラが悪ければ性格も悪い。その上  初対面の俺の頬にキスをするような類の男で  つまりはぶっちゃけていうと、両刀なのだ。

「で?何て言われたって?」
「…『一護はあたしのことホントにスキなわけじゃないんだよ』」
「なるほど、女は鋭いねえ」
「鋭くねえよ!俺はいつでも本気だろ!?」
「そーそー、そーだよなー」

笑った冬獅郎は少しだけ困ったように眉の端を下げた。
冬獅郎がそんな顔をするのはあまりに珍しくて、息を呑んで言葉を止めた。
いつだって人を食ったような顔ばかり見せられていた。
冬獅郎が困ることなんて一生ないんじゃないかって、俺は、そう  

「お前はいつだって本気だ。んなこた解ってんだよ」

言葉の裏にある感情を探ろうとして  失敗した。冬獅郎はすぐにいつものようにひょいと肩を竦めて、さあてと呟いた。立ち上がって、空になった缶ビールを流しに放る。

「寝るぞ、一護」
「…おう」

煙に巻かれたのだとは、思わなかった。何故なら俺は知っているからだ。
  それを俺に教えないのは、冬獅郎の、俺への優しさだ。

ぎ、と軋んだ何かに意識を引き戻され、それでも眠りの波に往生際悪くしがみ付こうと眉を寄せた。追えば追うほどに逃げてゆく眠気に舌打ちをして、身を捩る。小さく笑う気配をすぐそばで感じた。

「眠いなら寝てていいぜ?」
「んー…」

低く篭る声音は良く知る冬獅郎のものだ。軽い調子で何でもないことのように呟かれる言葉。それに甘えるように眠りを探した。長い指先が腹の辺りを撫でているのは、気のせいなんかじゃないことは解りきっているが。
生温い柔らかな何かが首筋を這う。短くしている髪の付け根、項と呼ばれる辺り。

「…とーしろ…じゃま…」
「そう言うなよ。寝てていいっつってんだろ?」
「寝れねえよ…」

お前が邪魔をしているんじゃないか。
素直に考えたその言葉に、脳内でぱっと何かが浮かび上がった。警鐘だ。解っている。踏み込んではいけないライン、取り払ってはいけない壁、覗き込んではならない、心。
眠気と朦朧とした意識に支配された体は容易に冬獅郎の指先に従った。少しだけずり下げられたスウェットの中に入り込む指先。慣れた手つきで肌を這うそれに、抗うことなく体が素直に従ってゆく。このままではいけない。また流されて、その先は?

  っ、ちょ、冬獅郎、…!」
「今更、いいだろ?」
「イヤ待ておま…、っ、ふ、…」
「…最近、してねえし?」
「おまえ、なあ…!」

恋人ができたと言った俺に、冬獅郎はよかったなといつもと変わらぬ態度で接した。冬獅郎は何も変わらなかった。意外だった。意外だと、思った自分を恥じた。試したみたいだと思った。冬獅郎を、冬獅郎の、俺への感情の嵩を。
冬獅郎は何度となく俺に触っているしキスをするし俺にしておけよと言った。
俺はその度に止めろよと弱い抵抗をしてキスをされておまえなんかごめんだと笑った。
俺は冬獅郎を友人だと思っている。友人にするにはこれ以上ないほど気の合う相手だと。俺は冬獅郎が好きだ。当たり前だ。気の合う友人を嫌いな奴なんていない。
ただ、冬獅郎にとっての俺が、友人というものが、どの程度のものなのかを、俺は知らないんだ。
熱い息を零し、冬獅郎の手首に爪を立てる。立てられた爪に、背後で冬獅郎が笑った気配がした。

「あ、…っは、ぅん、っ」
  なあ、一護」
「な、に、…っあ」

掠れた低い声は少し躊躇するように揺れた。抱きすくめられるように、回された腕に、強く引き寄せられる。

「もう、いいだろ?」

躊躇だとか戸惑いだとか当惑だとか混乱だとか。

「な、  っ!」

摺り寄せられる熱に、頭の中が、沸騰するように滾った。眩暈を覚えるような熱だ。
熱い吐息。
それは、俺だけのものだったか?

「と、しろ…っ」

呟いた声に滲んでいる焦りすら気にならなかった。警鐘は鳴り終えている。止まれない、解っていた、それでも。
まだ戻れるかもしれないじゃないか。
友人でいられるかもしれない。
俺の内側が、ここで止まっていろと判断を下す。
気紛れにつき合わされているのならごめんだ。
こんな友人関係を冬獅郎が持とうとしているのなら、もっとごめんだ。
逃げなければいけない。それは解っている。選択しなければ。振り切らなければ。冬獅郎を、失いたくないんだ。

  冬獅郎っ」

我ながら悲愴な声だった。悲鳴にも似ていた。思い切り握り締めた冬獅郎の手首が、ひくりと震えたかと思ったら強引に腕を掴まれた体を反転させられた。薄闇の中、部屋の中は暗闇だったけれどアパートの外の明かりでそれなりに視界は自由だった。都会の中に真の闇なんて見つけるほうが難しい。特に、こんな夜は。

「とうし、」

咽喉の奥で言葉がもつれて出てこなかった。
明るい闇の中、見上げた先の冬獅郎は  俺が今まで、見たこともない顔をしていたから。

「なん、で、」

なんで、そんな顔を。

  解んねえか?違うだろ」

自嘲するように冬獅郎が笑った。顔を歪ませて、切羽詰った声を絞って、余裕の欠片すら見せない、男の顔で。
掴まれた手首が痛い。中途半端に撫で上げられた熱が苦しい。圧迫を感じるのは、きっと気のせいなんかじゃない。

「言ったはずだぜ、お前はバカじゃねえんだよ、一護」
「と、おしろう、」
「解ってて気づいてねえだけだ。気づきたくねえだけだ。なかったことにしたいだけだ」
「ちが  
「違うわけねえだろ!」

苦しさに塗れた、欲望と。

「何で俺がお前をモノにしなかったか解るか、一護」

愛しさに溢れた、切望が。

  逃げんなよ」

低く零された声音が、あまりに切実に響いて俺は飲み込む息すらも見つけられなかった。咎めるように眇められた翠緑の双眸が、逃げようとする俺を捉えるようにきつくきつく。
苦しくて、仕方がなかった。
こんなのは卑怯だ。
けれどそれは  俺も、同じだった。

「…げて、ねえよ…っ」
「懲りずに女作って、アホか?言ってんだろ、てめえにゃ無理だってな」
「るせえ!黙れ色魔!」
「俺の顔色伺うぐらいならふざけた真似すんじゃねえよ」
「伺ってねえよ!逃げてんのはてめえもだろうが!」
  そうだよ」

図星だった。彼女作って冬獅郎の出方を伺った。本音を引き出したかった。曝されるかもしれないそれを見て安堵したかった。最低だ。間違いなく。
それでも素直に頷くことなんてできずに、口から零れ落ちた、吐き出した言葉に冬獅郎は頷いた。いやに凪いだ顔をして、その通りだと呟いた。

「やっぱり解ってたんじゃねえか。俺が、逃げ回ってたんだ  ってな」

苦笑とともに冬獅郎は額を俺の首筋へ埋めた。少し硬い光を集めたような髪が、肌を擽って堪らなくなった。冬獅郎がこんなことをしたのは初めてだった。何かが暴れだしそうだった。無理矢理抑え込むように、硬く硬く、瞼を閉じて視界を遮断した。

「本気になんてなりてえわけねえだろ、今更。しかも一護相手に」
「…どういう意味だよ」
「そのまんまだ、っつってんだろ。言っとくが俺はお前とだけは恋愛したくなかったぜ」

くつりと低い笑いが漏れた。肌が震えて、そこから流れ込むような振動を感じる。

「お前は恋愛に向いてねえ。…俺もだけどな」

向き不向きで恋愛ってやるもんだっただろうか。
どうでもいいことを考える余裕が突如に生まれたのはきっと、冬獅郎が、俺に全てを晒したからなのだろう。
俺は不安だったんだ。
冬獅郎は自分の持っているカードを決して人に見せようとしない。それは性分なのだといわれればそれまでだったのだろうがそれでも、俺はそれが不快で仕方なかった。
知りたかった。
教えて欲しかった。
冬獅郎が本気になる、その  瞬間を。

「俺の本気がほしいなら、いくらでもくれてやる」

だから、どうか。

  どーせもう、一護にしかやれねえしな」

仕方ないのだというように、諦めるように、囁いて小さく笑みすら漏らす、そんな冬獅郎なんて、俺は今初めて知った。こんな声を出すやつだと思っていなかった。もしかしたら本人も予想外のことなのかもしれなかった。気づいていないのかもしれなかった。自分がどれほど、  甘い声を、出しているかなんて。
気づいた瞬間に顔から火が出るようだった。
視界を閉ざしているからこそ、余計に音が耳に篭った。咄嗟に瞼を開いて、居た堪れない思いのままに冬獅郎を押し退けようともがいた。

「、…何だよ」
「ちょ、どけ、も、解ったから!」
「解ったって何が」
「本気なんだろ!それは解ったから今日はもう寝る!つーか帰る?俺なんかあの  ビール飲みたくなってき、」
「一護」

もがいて冬獅郎の下から抜け出してベッドを降りて冷蔵庫からビールを取り出して気持ちを落ち着ける。
それが一番の道のように思えて、火照った頬を知られたくなくて思い切りもがいた。訝しげな声なんて聞こえないフリをしたかった。自分でも認めたくなかった。
あんな甘い声を、向けられたのが、自分だなんて。

「この状況と展開で、俺がお前を逃がす確立は?」
  …っ極めて、低いです…!」
「だよなあ」

解ってるなら暴れるなとでも言いたげに、冬獅郎は器用にも俺を押さえつけているその体勢のまま肩を竦めて見せた。居た堪れなくて逃げ出そうとしたというのにそれが叶わなかった俺は、それでもやはり冬獅郎に顔を見られるのは耐えられなかった。絶対に頬なんて赤くなっているに決まっているその顔を、こんな至近距離で見られるくらいなら冬獅郎を殴ってでもこの部屋を後にした方がマシだった。例えば終電もとっくに終わったような明け方近くなり始めた夜中なのだとしても、だ。

「こっち、見るなよ…!」
「…一護、照れてんのかよ、可愛い奴」
「るせえな黙れ!」
「黙んねえよ」
「何で!」
「俺も、大概顔緩んでるから」

それは、さっきと同じくらいの、気安さだった。

「こんな顔、見れんのお前だけだぜ、一護」

得したな、と。
加えた冬獅郎を、見上げてしまって。
何よりも愛しい何かを見守るような、甘ったるい顔を。
どうして。
こんな。

  っ」
「俺も、余裕なんか、ねえから」
「、…とおしろ、」
「でも俺は  そういう自分も、嫌いじゃねえぜ?」

楽しげに揺れる声を晒して、どうしようもないくらいに甘い顔をしてみせて、本気なんだと囁く冬獅郎を、きっと知っているのはこの世で俺だけなんだろう。本人の言うとおり冬獅郎は本気の恋愛なんてしたくないってタイプだし、それが許される存在であることを冬獅郎は求めていたはずなのだ。
それなのに、その信条を翻してでも手を伸ばしたのが、俺なのだと。
教えられえ俺は、どうすればいいんだ?

  一護」

友人でいたいと思ってた。
友人ならずっと一緒につるんでいられると思ったからだ。
冬獅郎は、容赦なく要らないものを捨てる性質だから。

「バカ  んな顔すんなよ」

冬獅郎の背に腕を回すような可愛げなんて俺にはなくて、だからといってこれ以上もがいたって冬獅郎は見逃してなんかくれない。困ったような顔をしているくせにこれ以上ない甘さをこめた声で微笑って囁きを落とす。

「どんな、顔だよ、」
「んー?」

そんなもの、要らないって、ずっと思ってたはずなのに。

「無理矢理にでもキスしたくなる。  していいだろ?」

いつのまにか、手を伸ばしてでも、

  欲しくなってる。







07.04.14 あさや
ええー… またも、TMさんの歌でですね… 元は、

君のとってもイイところを 探してあげるから じっとしてて
揺れる落ちる持ってかれる 切なく破綻しそう

って歌詞にきゅーん!ときたのでそれであの…すみませんorz
男の子ー!同士の会話が凄く好きです(訊いてない) 相互ありがとうございまっす!








あさやより相互リンクの記念に賜りましたー!
「ブログで書かれていたバイの日番谷に陥落する一護が読みたいです」
いいリクエストしましたよね、私。自画自賛です、遠慮も恥ずかしげもなく!
でもきっと皆様褒めてくださるはず、チャラい日番谷が嫌でない人なら(条件付き)
相互して頂き有難う御座います!