ハッピーエンドのその先は

(LSD:あさや 様より)




これ以上ないくらいに信頼できる親友だった。
友情と愛情  境界線は、どこ?


呆れた顔を隠そうともせず、乱菊は大きくため息を吐き出した。目の前でむつりと顔をしかめた橙の髪色をした子供へ視線を投げ、そうしてからもう一度ため息を吐く。今月に入ってもうすでに五回目だった。ちなみにいまだ、月の半ばには到達していない。

「…で?」

今回は何事なのと暗に知らせる乱菊の声音に、子供は、一護は躊躇するように視線をうろうろと揺らめかせた。そうしてから観念するように堪えていた息を吐き出し、後ろめたいのだとそれを教える仕草で珍しくも口の中でもそもそと何事かを口にした。一護が後ろめたいのはあまりに頻度が高いせいだろう。いい加減にしてくれないかしらと、乱菊が無言でオーラを出していることも理由に挙げられるかもしれなかったが。
聞こえないわというように一つ乱菊の首が傾げられる。それに誘われて揺れた稲穂のような美しい髪は、さらりとかけられた肩から胸元へと落ちてきた。

「…冬獅郎が、」
「隊長が、ナニ」
「………恋次と、仲良すぎだとか、わけ解らんこと言い出して」
「今度は恋次?」
「…です」

乱菊しか知るもののいないまま一護が冬獅郎と付き合い始めたのは三ヶ月ほど前の話である。乱菊は一護が冬獅郎へ想いを寄せていつつもそれを押し殺し無いものとして冬獅郎の親友をしていたことを知っているが、ひと悶着起こして収まるところへ収まったのだと知らされ、手放しで喜んだ。大体にして冬獅郎が一護に惹かれていたことなど傍目に明らかで、それが友情なのか愛情なのかまでは乱菊にも見当がつかなかったが、案外このまま押せば落ちるんじゃないのと思っていたのも事実だ。冬獅郎はひどく一護の存在を大切にしていた。幼馴染である桃へ向けるのとはまた別の深さで、副官である乱菊を認めるのとはまた別の強さで、冬獅郎は一護を見守っていた。
色々なことが一度に起きて冬獅郎は酷く信頼だとか裏切りだとかに敏感になっていたし、一護は生来の潔癖だったから、事態は酷くややこしいことになりはしたものの、お互いが傷つきながらもまるで最初から決まっていたように隣に立つことを決めたとき、乱菊は安堵したのだ。冬獅郎にとっての一護の存在がどれほど切実なものであったのか、長い間隣に立って冬獅郎を見てきた乱菊には、手に取るように解ったからだった。

「それでまた」
  殴って、喧嘩です」
「呆れた」

ところが二、三週間して落ち着きを取り戻した二人の間に不和が生じた。それは仕方のないことだといえばそうなのかもしれない。一護は酷く淡白だ。それも、異常だとすらいえるくらいの。

「それを買う隊長も隊長だけど、殴るあんたもあんたよね」

大きくため息を吐いた乱菊をちらと見やり、一護は再びもごもごと口の中で何事かを呟いた。それが下らない言い訳であることは明白であったので乱菊が聞き返すことはなかったが、これから執務室へ戻って機嫌が悪いこと間違い無しなのだろう上司であるところの冬獅郎と対面することに対する愚痴ぐらいなら言わせてくれと内心で考えた。
友人関係と恋愛関係は全く違うものなのだ。
それを乱菊が思い知らされたのは、自分の身に起きたことなどではなかった。

傍から見ている分には通常値なのだろう冬獅郎の恋愛観と、人間の子供にしてはありえないほどに淡白な一護の恋愛観が、噛み合うはずがなかったといえば、それまでなのだが。

  ぶっちゃけていうと、痴話喧嘩が絶えなかった。


エスカレートしている。
冬獅郎は考え、忌々しく舌打ちを零した。徐々に己のそれが通常の範囲を超え始めたことに気づかぬほど冬獅郎も鈍くはないが、どうにも一護を前にすると己を律することが難しくなってしまう。甘えているのだという自覚はあるものの、どうにかなるのなら今すぐにだってどうにかしていただろう。
冬獅郎と一護の間にある新しい関係に至った経緯は、通常とは一本も二本もずれたところにある。
そもそもにして頭に血が上っていたというだけで強姦した相手と付き合っている一護の気が知れない。それはつまりは己のことであるからただの自虐にしかならないのかもしれないが、それでもその正当性を冬獅郎は無視できるはずもない。冬獅郎は一護に許された。許されたというよりも、選ばれたという意識のほうが冬獅郎は強かったが。
一護が己を想っていたのだというその片想いの期間の長さを知って冬獅郎はひどく驚いたのだが、決して悪い気がするものではなかった。むしろそれだけの間一護の心の奥に己がいたのだとそれを考えると喜びを覚えた。その当時に己がそれを知ればまた違う反応だったことは明白だったけれども。
ただ一護は冬獅郎を選んだのだ。
そのことに気がつくのに、冬獅郎は少しだけ時間を要した。
たとえば一護を欲しいと願い、一護がそれに頷き、ぎこちなく隣に並んでいた間には気づくことはできなかった。一護は冬獅郎に好きだと言った。その言葉に間違いはないだろう。そうでなければあれほどに互いが傷つくこともなかっただろうことは明らかで、だからこそ一護のその言葉はとても大切にしなければならないものの一つだった。
けれども一護のその言葉の意味と冬獅郎の持つ意味が少し違っていた。否、個人へ与える影響が違っていた、というべきだろうか。
ともかく一護は通常の範囲からは少し離れたところに恋愛観を置いていた。
そうして冬獅郎は、そのことに気づきながらも、それを尊重してやることができずに、いた。

「隊長が心狭いとは思ってませんよあたし」

らしくないと言い切るにはあまりに乱菊に失礼だったろうか。己の机の端へことりと置かれた湯飲みを見やり、そうしてそのまま視線を上げて乱菊を見やった。今ではもう並んでも遜色ないほどの身長を手に入れて初めて気がついたのは、男の視点で見ると乱菊がとても華奢であることだった。平均よりもずっと高い身長を持ってはいるものの、乱菊は女だ。そんな視点で見ることができるのも、今こうして成長したゆえなのだと、冬獅郎は知っている。

「…狭いだろ、自覚はある」
「言ってることはそうですね。  焦ってますねえ、隊長」

違いますかと笑う乱菊に、冬獅郎は諦めたように嘆息して筆を投げ出した。ぎしりと椅子の背を揺らし、天井を仰いで瞼を下ろす。

「……焦ってるか」

ぽつと呟かれた声のあまりの弱々しさに冬獅郎は眉を寄せた。失態だった。

「焦ってるでしょう。違いますか?」
「…違わねえな」
「ですよねえ」
「かっこ悪い」
「あたしはそういう隊長、嫌いじゃないですよ」

小さく笑った乱菊は楽しげに声を揺らした。楽しまれているのか、真実そう思ってはいるのだろうが、弟の成長を見守る姉のような視点であることは明白だった。照れや気恥ずかしさが覗いた。乱菊はひどく頭のいい女ではあったけれど、だからこそ冬獅郎は少し苦手である部分もあった。全面的に信頼はしている。けれどたまにだがひどく  居心地が悪く感じることがあった。

「ただ相手は一護ですからねえ」
「…そうだな。それだけでもう何つーか全部の理由にはなるよな」
「なりますねえ。また厄介な相手に惚れましたね、隊長」

言葉と感情は食い違っていた。乱菊は冬獅郎が一護に惚れたことを手放しで喜んでいる。それを知っている。だからこその呟きに、冬獅郎は苦笑した。

  …いいんだ、別に」

焦ってもがいて甘えていることに恥を覚えてそれでも一護の手を離すことを選ばない己を、冬獅郎は知っている。
全てを押し殺して己のためを想って友人として振舞ってくれていた一護の想いを、冬獅郎は己がそれに応えたことでなかったものとしているわけでは、決してないのだ。

「いいんですか?」

視線を流した先、きょとと瞬かれた乱菊の薄い色の瞳に、冬獅郎は肩を竦めて見せた。

「ああ、いい」
「厄介な相手に振り回されて  不本意でも?」
「黒崎に振り回されるなら悪くない。それだけあいつが本音を俺に晒してるってんなら  これ以上を望むほうが、傲慢ってもんだろ」

もしかしたらいつかまた、一護は冬獅郎の言葉を聞きたくないと逃げ回るかもしれないし堪えきれなくなった想いを言葉として零すかもしれない。
ただ再びそうなった、そのときに。
今度はそれを全てきちんと受け止めてやることができたら  そう、思うのだ。

「俺は心が狭いから、黒崎が他の奴と楽しんでるのに腹を立てるし、それを言って黒崎が、…俺の悋気に全く気づかずに喧嘩腰で俺を殴って、言い合って喧嘩して  それでいいんだ」

言い合って、喧嘩をして。
仲直りをして。
心に蟠りを残すことなく、そうして全身でぶつかれたらいい。
心も体も、一護の全てが欲しいのだと、冬獅郎はそのことに気がついたのだから、それでいいのだ。

「もうあいつに、吐き出せないもんなんざ抱え込ませたくねえんだよ」

親友だと思っていた。
全て話しているのだと思っていた。
少なくともお互いの間のことで知らないことがあるなど  それもこんな大きな想いをずっと押し殺させていたのだと  冬獅郎は気づかなかったし、気づこうとしなかった。否、気づきつつも知らぬフリをしたのだ。一護が己に隠し事をするはずがないのだと、そのことにばかり神経を使って一護の抱えるものが何であるかを知ろうとしなかった。
どれほど愚かであったのか、今更だと、解ってはいても、思わずにはおれなかったのだ。

「だから、  謝るタイミングを探してんだろうが」

一つ嘆息をして、冬獅郎は肩を竦めた。
まるでじゃれあうように下らない嫉妬をして口論に持ち込んで、そうして仲直りする。
そうして隠すことがないくらいに愛情を注いで傷口が塞がるのだとは、冬獅郎とて思ってはいないのだけれど。
ため息を吐いた乱菊の、あたしまで巻き込まないで下さいの一言には  とりあえず、冬獅郎は謝る他思いつく返答はなかったのだが。

この人が好きだと気がついて。
キスがしたいと願ってしまった。
本当は  ずっと友人で、いたかったのに。

冬獅郎には言っていないことだったけれど、一護はそれを罪悪であるように感じることがある。友人でいたいと願っていたはずの心が、いつから違うものを望み始めたのか見当もつかなかったのだが。
それでもいまだに考えてしまうのだと、いえば冬獅郎は怒るのだろうか。
一護は考え、瞼を下ろした。
もしもあの一言を口にしなければ友人でいられたのだろうか、と。

「寝てんのか黒崎」
「…寝てねえよ」

屋根の上で昼寝をするのは嫌いではなかった。少しだけ背中が痛いけれど。
それを知っている冬獅郎は、霊圧を辿ってだったのかもしれなかったが、一護が己が管理する十番隊の隊舎の屋根で昼寝をしているところへ現れたのだ。

「いい天気だ」
「サボりたくもなるってか?」
「ならねえよ、松本と一緒にすんな」
「じゃ、お前今何してんだよ」

仕事中のはずじゃねえの、と一護はその理由を知っていたけれども、知らぬフリで呟いた。
はじめは何を言っているのだと本気で一護は訝しんだのだ。冬獅郎があまりいい顔をしなくなったのはいつからだったろうか。ルキアだとか恋次だとか、冬獅郎よりも付き合いが長くいまだ友人として仲良くしている相手と飲んだりだとか手合わせをしたりだとか、そういったことに一護はかける時間を惜しまない。その代わりのように削られる時間があるのは当然のことで、だから一護は自由になっている時間をそれに当てていたのだけれども、その分冬獅郎と一緒にいる時間が減ったのだと気づかなかったわけがなかった。
ただどうしようもなかった。
無意識という名の意識下で、一護は冬獅郎と持つはずの恋人同士としての時間を削りたがっていた。

  息抜きだ」
「それってサボりとどー違うんですか日番谷隊長…」
「戻ることを前提にしてんのが息抜き、逃げ回るのがサボりだな」

ひょいと肩を竦め、冬獅郎は難なく一護の隣へ収まって座り込んだ。
さわりと揺れる冷たさを含んだ風を、冬獅郎が遮っている。

「寒くねえのか」
「別に、あったかいし」
「そうか」
「おう」

呟き躊躇し、けれど結局、一護はそれを口にしてしまう道を選んだ。

  なー、冬獅郎?」
「あん?」
「後悔することってあるか」

唐突な問いだった。けれど他に問うべき言葉も見つからず、失敗したかと訝しむもののそれ以外の方法を一護は知らなかった。冬獅郎は内心舌打ちを零した一護をどう思ったか、ちらと視線を落として一護の琥珀のそれと絡ませ、そうして不意にそれを上げる。深い翡翠の双眸に映る抜ける青空は、どれほどにか澄んでいるのだろうかと、一護はぼんやりと頭の隅で考えた。

「ないと思うか?」

愚問だった。

「…冬獅郎は、いつも正しいことをしているように、見える」

一護の目に映る冬獅郎は、酷く公正だった。公正で冷静で理性的で、正しさを見極めるメモリのような存在だった。

「そりゃ、黒崎は俺が隊長でいるところばかり見てるからだろう」
「…意味解んねえよ」
「俺はこの羽織を着るときに一緒に覚悟を背負ってるつもりだ」
「知ってる」
「そうだな。俺は正しく在らなければならない。公正で在らなければならない。私情を捨て、身を刻み、尸魂界のことだけを考えなければならない」
「?どういう、」
「それが隊長であるということだと  俺が思っているからだろうな」

微塵の間違いもなく成功しているとは言い切らねえがと冬獅郎は笑い、ごろりと横になった。

「後悔しないことがあるはずがない。が、ないフリをしなきゃならねえ。それが俺たちの辛いところだな」

間違いを認めることが早々にあってはならない。たとえ後悔し忘れえぬのだと心に刻みはしても、表面に出る顔は全く違うものであるのだ。己が正しいと驕るのではない。ただ、己を介して他者の目に映るものの全てが、正しくなければならないのだと。

「まあ仕事の話はおいておいたときに、今一番後悔している話をしてもいいか、黒崎」
「あ?ああ」
  過ぎたことを言った。悪かったな」

その言葉でようやっと一護は、喧嘩をしていたのだということを思い出した。

  …冬獅郎」
「うん?」
「…、……あのな、」

言ってしまっても、いいのだろうか。

「……もし俺が、お前に好きだって言わなかったらって、考えたこと、ねえか?」

もしも一護がそれを口にしなかったのなら。
それは後悔と呼べるものだったろう。もしもそうであったなら、今頃はどうなっていたのだろうか。一護はまた乱菊に話を聴いてもらっていたかもしれないし、冬獅郎と桃の間に流れる空気に胸を痛めていたかもしれない。もしもの話は解らない。けれど想像には、易いことだった。

「あるな」

冬獅郎は短く呟いて頷いた。反射的に振り返り、そうして一護は、  逃げ出したくなった。
一護はそうであればよかったと、願っていた。冬獅郎が今姿を見せるまでそれを考えていたし、隣に並んでからもそれを考えていた。冬獅郎が頷くその瞬間までその疑念で心が揺れていた。けれど。
冬獅郎が頷いた瞬間に、胸の奥が、とても痛んだ。
勝手だ。
それは解っている。
けれど、とても、辛かった。

「…あるか」
「あるな。ねえのか?」
「……さっきまで考えてた」
「そうか」

なかったことになど、できない。
零れた言葉は掬えない。
解っていて焦がれて、後悔を、した。

「何度も考えた。黒崎がもしあの時言わなかったら。本心を零さなかったなら」

なあ、それは、とても。

  怖えよな」

ぽつりと呟かれた予想に反した冬獅郎の言葉に、一護は一つ瞬いた。
怖い。
何が?

「黒崎がもし今もそれを抱えていて、俺はそれを知らずに傷つけ続けていて  そう考えると、めちゃくちゃ怖えよ、俺は」
「、とうしろう、」
「お前が言ってくれてよかった」

心が動き出す、音がする。

「黒崎が俺に教えてくれてよかった。  散々傷つけといてよく言うとか、思わないでくれよ?」

困ったように小さく笑った冬獅郎は肩を竦めた。一護は顔を歪ませ、それを見られずに済むように手の甲でそれを覆った。誰にも見られたくなどない顔を晒している。冬獅郎にだって誰にだって見せられない顔だった。鏡を使って自分で見ることすら一護はしたくない。そのくらい情けない顔をしているのだという、自覚があった。

「黒崎、下、降りるぞ」
「…先行ってろ」
「構わねえが、…ああ、そうだ」

一つ用事を忘れていたと、冬獅郎は一護を振り返り。

  一護」
「、あ?」
「呼んでみたかった。じゃ、後でな」

思わず顔へ当てていた手を離し、あっさりと背を向けた冬獅郎に絶句して一護は呆然と空を見つめた。毎度毎度、全くもって妙なタイミングで妙なことをやらかす男だと、表面での判断を下すのは実に簡単だった。けれど。

「…もっと、降りれなくなったじゃねえか…」

染まりぬいた顔なんて、余計に見せられるはずがなかった。







07.04.14 あさや
よ、余計なもんまで書いてすんまっせんんん!!(土下座)
かっこいい日番谷を捜し求めてずいぶん遠くまで、きて、しまいまし、た…orz
相互祝い、の、お礼ですあの4つもありがとうございました…っ(逃走)








あさやより相互リンクの記念に賜りました!!
こんな幸運があっていいんでしょうか? 本当に?
危うく泣き出してしまいそうになった『白骨花図鑑』の連作を、好きだと騒ぎ立てた成果ですよ!
優しいし、嬉しいです。廻りだした歯車が逆回転になったらもの凄くぎこちない、そんな2人がとても愛しいです。
押し付けた4つなんてどれ程の価値があるやら……ミジンコで鯛を釣り上げましたよ! 一本釣り!!
こちらこそ本当に有難う御座いました。